2009.01.16

現在の使用機材のレビュー

▽ニコンD3
 07年末から約1年半使い続けているが、重大なストレスを一度も覚えることなく動き続ける“戦友”。復種の光源があってもほぼ正確に判断するオートホワイトバランス、6400まで常用できる高感度特性は、細かな設定の余裕がない状況で確実に撮影するために欠かせない。クロップ撮影もできるが多くは期待しないほうがいいかも。けちをつけるとすれば、埃の除去機能がないことくらい。
▽ニコンD700
 私有。D3のセンサーを使っているため、写りはD3とまったく同じ。この性能を、D300とほぼ同じボディで実現したのは見事。いわば「リトルD3」か。バッテリーグリップを使えばスポーツでも使える。
 ファインダー視野率が100%に達しないことが欠点といわれるが、撮影した画像を液晶で確認できるのだから、あとは頭の中で調整すればいい。RAWで撮ってグリグリ加工が常套の「マニア」がこれほど元データに神経質とは妙。内蔵ストロボも評判が悪いが、外付けが1台のみでもリモート発光ができるのは利点と解釈できる。ただしD3と同じく、活かすも殺すもレンズ次第。
▽ニコンD300
 私有。フルサイズ機に比べると高感度撮影時に見劣りがするが、これも登場時からの戦友だ。システムを少しでも軽量化したいときはこれでよし。望遠はこちらにし、広角と標準はフルサイズという選択が最適。バッテリーグリップがあれば、D2シリーズを凌駕する。唯一かつ最大の弱点はバッファ容量。ノイズ低減などを機能させると連続撮影枚数が一気に減る。高校野球の第四試合が長引いたときなどは足枷になる。
▽ニコンAF-S NIKKOR 24-70mm F2.8G ED
 重い。この一点を除けば文句のつけようがない標準レンズの逸品。AFの速さと正確さ、そして逆光をものともしない描写力はレンズ史上に名を残して良いくらいでは。これは私物にも加えている。
▽ニコンAF-S NIKKOR 14-24mm F2.8G ED
 重くて前玉が気になる。この点を除けば文句のいいようがない。描写性能は24-70と同じくきわめて高水準。周辺光量は1段絞れば問題なし。
▽ニコンAF-S VR Zoom-Nikkor ED 70-200mm F2.8G
 なくてはならない装備、ということで使っている。開放で周辺光量が落ち逆光の影響を受けやすい。だれもがリニューアルを欲している。
▽ニコンAF-S DX Zoom-Nikkor ED 17-55mm F2.8G
 フルサイズ機登場までは必需品。とはいえ描写力の高さは文句なし。逆光もある程度は耐えられるか。フルサイズに移行しない人なら、ぜひそろえておきたい。私物。
▽ニコンAF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G
 広角側で周辺の描写が甘いなど、高級レンズにはだいぶ劣るものの、必要な性能レベルはおよそクリアし、費用対効果がきわめて高い万能レンズ。手ブレ補正機能も良好。スナップや風景に気軽に持って行くことができ、マクロ的な撮影も可。D300やD90にはぜひ装着したい。私物。
▽トキナーAT-X 116 PRO DX 11-16mm F2.8
 デジタル専用で低倍率という制約はあるが、明るさが魅力。コントラストやキレも良く、ゆがみもあまり気にならない。逆光にからきし弱いのが難。私物。

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2009.01.14

映画「クライマーズ・ハイ」 これは塗り絵だ、塗り絵、なぞってるだけ

 年始にのんびりと見ようと、映画「クライマーズ・ハイ」のDVDを買った。ついでに、再放送を含めこれまで2回見て内容をほぼ記憶したテレビドラマ版のDVDも買った。
 本音を言えば、映画版にはさほど期待していなかった。原作からのファンで映画館に足を運んだ知り合いたちは、そろって「なんだかなあ」と顔を曇らせたこともあるし、何より、秀逸だったテレビドラマ版を上回る完成度を求めるのは酷な話だろう、と思っていた。

 映画版を一見。定価で買う価値は満たしていない、と感じた。
 「日航機事故をめぐる地方紙記者たちの姿」という柱だけは残っているが、原作そしてドラマ版とは大きくストーリーが変わっている。たしかにドラマ版の後追いをそのままするわけにはいかないのだろうけれど、映画版でのアレンジは致命傷になった、と僕は感じた。

 もっとも「失敗」したと感じたのが、タイトルにもなっている、登山家が上を目指すうちに恐怖感が麻痺する「クライマーズ・ハイ」そのものの描き方だ。

 社会部デスクとして紙面を司る主人公が、手下の記者とともに事故原因のスクープを追う場面がある。若手の活躍を望まない幹部や編集部門と対立する販売部門の目を巧みにかわしつつ、会社始まって以来の大スクープを紙面に載せるよう尽力し、記者が関係者から言質を取るのを降版ぎりぎりまで待つ。ところが主人公は、裏がとれたと記者から連絡を受けつつも、ギリギリの局面で紙面化を見送る。主人公がスクープという壁をがむしゃらに上がるうちに「クライマーズ・ハイ」になり、そして不意に我に返る、という作品最大の見所ともいえる。

 原作とドラマ版では、主人公は記者から「サツ官(警察官)ならイエスです」という連絡を受けるが、迷う。普段の取材相手である警察官なら、明確に口にしなくとも表情の微妙な動きや口ぶりなどから「はい」か「いいえ」が分かる。でも、初対面の学者は事故原因についてはっきりと口を割らず、どんな場面でどんな表情や反応を見せるのか分からない。確信のないままニュースを紙面化していいのか、主人公は悩む。
 そこに前日、新聞を買いに訪れた事故の遺族とみられる母子の姿が思い浮かび、考える。もっとも真実を知りたがっている遺族にこの紙面は届くが、この記事は「真実」なのか-ここで主人公は、落ちる。

 だが映画では、主人公はさしたる理由もなく、ただ、落ちる。ただ猛り、腰が砕けただけのように見えた。「見せ場」すら描けない作品に、多くは期待できまい。

 原作とドラマ版ではその後、主人公は「新聞紙」ではなく「新聞」をつくろうと大きな一手を指し、人生の岐路に立つ。ところが映画は、スクープの一件からほどなく、後追い紙面を作ってからポンと退職願を社長に突き付ける。
 結局、主人公がなぜ報道に携わったのか、その情熱がどれほどあったのか、映画からはほとんどうかがえなかった。少なくとも、仕事に対する「拘り」が希薄に見えた。

 事故現場を再現したり、新聞社の雑然とした雰囲気を出そうとしたり「リアル」を重視した、ということは感じられる。でもいずれも、上滑りだ。テレビクルーの与太話、自動車電話付きの全国紙のハイヤーをうらやむ場面、事故直後だというのに若手記者が社内でマイクロフィルムを調べながら社内事情に落胆するシーン…。描写が細かいだけで、何の意味もない。これでは「メディア小ネタ集」止まりだろう。
 そして、物語を貫く背骨が、どこにもない。主人公の社内での微妙な立場、急に倒れた友人の存在、記者たちが取材し伝える意味、そして制作者は何のためにこの映画を作ったのかが、何も分からなかった。「走り、叫び、書いた」とは映画のキャッチコピーだが、新聞記者がただなんとなく「走り、叫び、書いた」一週間を描いただけでは。

 余談だが、あまりに杜撰で耐え難い場面が2カ所ある。

 墜落現場に行って精神を傷めた若手記者が、幻覚を見たのか急に道路へ飛び出し、車にはねられる。ところが2日後には、編集幹部の適当な黙とうで彼の存在は消える。
 あれって死亡ひき逃げ事故だろ? 原作と大きくシナリオを変えて記者を死なせるのは別にいいとして、死亡ひき逃げそのものは重大な事件なはず。いらぬところで細部にこだわり、部下を「殺された」のに怒りにも後悔にも悲しみにも乏しい登場人物の姿は、あまりに現実離れしている。

 もうひとつは、ずいぶん気の強い女性記者。男だらけのキャスティングにはああいうキャラでないといけない、という事情は呑み込む。
 それにしたって、ネタの当て方も予定稿も知らないのに自信に満ち、そのくせ「直撃取材」なんて恥ずかしい言葉を口にするとは、これまで現実離れしている。あんな人、いないよ。
 映画制作のために取材をしたというなら、ああいう間抜けなキャラクターだけは具現化してほしくなかった。上昇志向が強すぎたり、やけに卑屈だったり、上司の機嫌しか取らない人間とかは実際にいるから別にかまわないけれど、存在しないし、しては困る人を描いてほしくなかった。

 映画版の後に、ドラマ版を見た。こちらは何度見ても見飽きない自信がある。ドラマ版については数年前に書いたけれど、近いうちにいま感じたことを記そうと思う。

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2009.01.06

日比谷界隈

 年末年始にかけ、職と住まいを失った人たちが集まる場所を訪れた。公園そして厚労省で年を越した人たちは、多くのものを失っていた。

 職業、収入、暖かい寝室、携帯電話、健康保険証、困ったときにそばにいてくれる人、丈夫な体、将来の展望。

 ふだん街を歩いて一日にひとり見かけるかどうかという松葉杖をついた人が、公園には目立った。大きな怪我から全快していない人や、今まさに体調をひどく崩しているように見える人も多かった。個人差はあれど、「自立」には時間と力が必要なことは、短い時間でもその場所に行って話を聞くとすぐに分かる。

 共同通信が5日、このような記事を配信した。

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<派遣村「働こうとしている人か」 坂本総務政務官発言に批判>
 坂本哲志総務政務官(衆院熊本3区、当選2回)は5日午後、総務省の仕事始めのあいさつで、東京・日比谷公園の「年越し派遣村」に集まった失業者らについて「本当にまじめに働こうとしている人たちが集まってきているのかという気もした」と発言した。
 坂本氏は派遣村での様子について「学生紛争の時の戦略のようなものが垣間見える」とも述べた。
 坂本氏の発言は5日夜の民主、国民新両党の役員懇談会で話題になり、出席者から「派遣村に来ていた方々に対して本当に失礼な発言だ。不信任決議案にも値する」などの批判が出た。
 年越し派遣村は、派遣契約の打ち切りなどで年末年始に行き場がない人たちを支援しようとボランティアらが昨年12月31日に日比谷公園に開設。今月4日夜には派遣村のテントと厚生労働省の講堂に約500人が寝泊まりした。

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 この元地方紙記者は日比谷公園か厚労省に行き、そういう「気」に至ったのか。

 もし、現場を踏んでの考えなら尊重する。けれども、「本当にまじめに働こうとしている人たちが集まってきているのか」と疑問を持ったとすれば、その問いは総務省の職員ではなく、当事者である失業者や支援者に対するべきだろう。具体的には、足が不自由な失業者たちを前に「あなたがたは本当にまじめに働こうとしているのか」とたずねなければならない。「戦略のようなものが垣間見える」というなら、垣間見えるだけでなくはっきりと確認するためにその場で質問や指摘をするのが、年頭あいさつの前にすべきことだろう。

 もし、現場に行かなかったうえでの発言なら、だめだと思う。すぐ近所なのに足で稼がず直接話を聞こうともせず、存在感をアピールするためだけにアドバルーンを揚げるのが代議士の仕事だとすれば、坂本さんは本当にまじめに働いているのか。きっと違う。

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2008.12.06

「フルサイズ戦争」は一段落か

 キヤノンの新型デジタル一眼レフカメラ「EOS 5D Mark II」の発売からほどなく、ニコンが「D3X」を発表した。「D3」の登場に始まり、ソニー「α900」といったニューカマーも加わった「フルサイズ戦争」は、ひとまず終わったとみられる。特に「EOS 5D Mark II」と「D3X」は待望論が強かった人気機種でもあり、「締め」にはもってこいだったかもしれない。

 試用雑観は、まずは「D3X」。
 驚きも、失望も、なにもなかった。使った感触は「D3」とまったく同じ。いや、少しおっとりしてしまった「D3」か。「EOS-1Ds Mark III」と異なり撮像素子クリーニング機能がないのはマイナス点。約2450万画素という高画質を売りにするのなら、たびたび頭を悩ませるホコリ対策を施すべきだったのでは。

 撮影しデータを確認してみたが、複数枚になるとパソコンへの読み込みが明らかにきつくなる。さすがに24メガピクセル。
 とはいえ、デスクトップの画面サイズでも、「D3」との決定的な違いはあまり感じられない。よーく見るとやはり「D3X」に軍配が上がるが、一目瞭然で違いがわかる、というほどでは決してない。あくまでもこの機種は大判ポスターなど「EOS-1Ds Mark III」や中版デジカメの縄張りに殴り込みをかけるためのものであって、普通のユーザーを対象にしていない。また、普通のユーザーにはまったく必要ない。
 感度は、常用上限の1600でも十分耐えられるものの、さすがに階調表現が粗くなりコントラストの表現に不自然さが表れる。3200相当と6400相当は、売り物とするには厳しいか。
 スタジオ撮影用には申し分ない性能。けれども約90万という価格に対し、使い道の幅はかなり限られる。以前「EOS-1Ds Mark III」にも書いたけれど、規格外の存在。スポーツカーやラリーカーなどではなく、高所作業車や移動図書館といったものと思えば良いのでは。

 一方、ハイエンドアマチュアからを狙った「EOS 5D Mark II」は、ロングセラーだった先代から確実に進化した。ファインダーの視野率が向上したことと液晶画面が一新されたことに、まずは感心した。
 高感度撮影の数値は「D3」「D700」と同じ。常用上限の6400はコントラストが低下しノイズが目立つ。だが、細部を「塗って」でも彩度やコントラストといった「パッと見」を重視するニコンと異なり、ノイズを覚悟でディテールを重視するキヤノンらしさがこの機種からも感じられた。このレベルだと暗部の表現は「D3」と「D700」が上だが、画素数が2000万を超えたのにこれほどの画質を達成した「EOS 5D Mark II」は見事だと思った。
 スポーツやばたつく現場では秒間コマ数が頼りなく使う気にならないが、それ以外の状況であれば報道用としてもかなり使い勝手が良い。スケッチやポートレートなどにはうってつけ。
 難を言えば、シャッター音。なんでまた「ボコン」なのかしら。

 フルサイズ化が進み改めて思うのは、キヤノンの24-105F4のような使い勝手の良いレンズがニコンでも出ないか、ということ。24-120はやや高倍率だが暗く、キレもいまいち、見かけもなんだか軽い。24-70には十分すぎるほど満足しているけれど、走攻守がほどよくそろった先頭打者もニコンで登場してほしいなあ。

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2008.11.24

「不可解な動機」への違和感

 さいたま市と東京・中野での元厚生事務次官宅襲撃事件で、警視庁に出頭し銃刀法違反容疑で逮捕された男が、両事件に関与した疑いが強まっている。
 「年金テロ」とみられていた事件は急転したものの、男は調べなどに「過去にペットを殺された恨み」と動機を語っているという。これについて各メディアは「不可解」と評しているが、僕にはそれこそが「不可解」に感じる。言い換えれば「年金テロ」ならストンと理解できるのか。
 もし、多くの人が「理解」できる動機や殺意があるとすれば、ただ危うい。年金テロ説は、数少ない関連性と「厚労省なら狙われてもやむを得ない」という歪な見方が生んだといえる。そしていまメディアは、「不可解な動機」に疑問を呈しつつ「いや、やはり年金がらみでは」とあがいている。まだ調べは始まったばかりだが、各社は今回の「飛ばし」についてよく考える必要がある。

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2008.10.30

赤プリの一室に「一体、誰のおかげで総理になれたと思ってるんだ」の怒号が響く

 週明け以降、年内の衆院選の可能性が一気にしぼんだ。そんな中、29日に多くの地方紙の政治面などにある記事が掲載された。非常に読み応えがあるショッキングな内容で、すべて事実だとすれば取材者はかなりの力量を持っていると感服したので、紹介する。局長賞は確実か。

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 首相麻生太郎が株価底割れを受けて衆院選の年内見送りへかじを切った。大義名分は景気優先だが、選挙情勢の旗色が悪く「越年に追い込まれた」(自民党幹部)のが実情だ。ただ持久戦で勝機が訪れる保証はなく、公明党との連立体制は相互不信がむしばむ。政権失速のリスクを抱え込んだ「展望なき決戦回避」までの軌跡をたどった。=敬称略=

 26日夜、東京・紀尾井町の「グランドプリンスホテル赤坂」。秘書官との食事名目でホテル内の中国料理店に姿を消した麻生は、報道陣の目をかいくぐり上階の客室を訪れた。公明党代表太田昭宏と幹事長北側一雄が待ち受けていた。首相が24、25両日の北京訪問の際、衆院の早期解散に慎重姿勢を示したことに業を煮やし、直談判しようと手ぐすね引いていた。
 「一体、誰のおかげで総理になれたと思ってるんだ」。密会の部屋には早期解散を迫る二人の怒号が飛び交った。公明党は低空飛行を続けた前首相福田康夫に見切りをつけ、選挙の「顔」として麻生を押し上げる原動力の一翼を担った。すべては麻生の就任直後の“ご祝儀相場”が引けないうちに選挙を戦い、与党過半数を確保するため。支持母体の創価学会は「11月衆院選」を目指して走り続けており、簡単に「撃ち方やめ」というわけにはいかない。学会への面目は丸つぶれだ。
 しかし、解散権を握る麻生は先送りの判断を告げた。「今の経済情勢を考えると、政治空白をつくることはできないでしょうが。景気、金融対策を優先させる。選挙は今じゃないんだ」

▼物別れ
 ホテルでの麻生と太田らのせめぎ合いは続いた。太田は「解散するかしないか考えながら政権を運営しても中途半端になる。民意の洗礼を受けたうえで、強力な経済対策を打つべきだ」と指摘。
 さらに衆院選日程について「11月30日」が有力視されてきたことを踏まえ「11月末が駄目な理由を言ってくれ。駄目なら、この時期に解散すれば勝てるんだという戦略を示してくれ」と食い下がったが、麻生は「言えない」の一点張り。
 「このままでは福田と同じになってしまうぞ」。いら立つ太田は「麻生おろし」までちらつかせた。しかし約1時間続いた会談は物別れに。テーブルには、麻生が一口もつけずに冷めたコーヒーが残された。
 会談には前段があった。麻生と太田は今月1日にも同じホテルでひそかに向き合った。太田は早期解散を求める立場から麻生の腹のうちを探った。だが麻生は「おたくらは、福田前政権のときは『選挙は年末・年始に』と言っていたんじゃなかったんですかねえ」と、けむに巻くだけだった。
 一連の会談で公明党執行部の“麻生不信”は加速した。太田は26日の密会後、党幹部らに「麻生には戦略がない。先送りは最悪の判断だ」と吐き捨てた。麻生も周囲に「(民主党代表)小沢一郎が望んでいる時期に選挙をするばかがどこにいるんだ」と指摘した。
 与党が過半数を確保するには選挙態勢づくりでの緊密な連携が不可欠だ。しかし連立与党体制の空洞化は覆い隠せない。

▼揺らぎ
 麻生は就任直後の9月下旬、周辺に「民主党は2008年度補正予算案に徹底抗戦するだろう。もう(早期解散の)腹は決まっている」と述べ「11月2日衆院選」を視野に、小沢民主党との決戦に挑む意向を漏らしていた。
 だが同じ時期に自民党が独自に実施した選挙情勢調査では「苦戦必至」との予測がまとまり、雲行きが怪しくなる。米国発の金融危機は日本の実体経済にも影を落とし始め、麻生は早期解散圧力を避ける意味からも「景気対策優先」に傾斜していく。麻生は17日に党本部で選対幹部から「自民党候補の動きが鈍い。早期解散では責任を持てない」と伝えられ、決戦回避の意向を固めたとみられる。
 27日夜、自民党で早期解散の旗を振ってきた幹事長細田博之、国対委員長大島理森と都内のホテルで会食。大島は「いま解散しないと、民主党が対決姿勢に転じて国会運営が大変なことになる。このままでは『追い込まれ解散』になる」と強調した。しかし麻生は動じなかった。「どんな困難があっても解散せずに、経済対策をやりたい」
**********

 共同通信社が配信したこの記事に対し、自民党の大島理森国対委員長は29日、「該当する事実は認識されていない。間違いであることを認めた上で訂正と謝罪を求める」と、同社に文書で抗議した。時事通信によると、首相は記者団に「怒鳴り合ったり迫ったりという話は全く違う」と述べた。
 もっとも、首相は会談そのものを否定していない。大島国対委員長の抗議も「怒鳴り合った」など会談のムードなどへの意味合いが強い。会談があったとされるのは日曜日。翌日の朝刊から「先送り論濃厚へ」に報道が一気に傾いたことを考えると、共同配信記事の趣旨の会談があったことは確実だろう。

 興味深いのは、そもそも首相と公明首脳とのやりとりを誰が外部に明かしたか、という点。各メディアの報道によると会談当日、会談の情報を手に入れた記者たちがホテル内を探したが、警護の警察官すら見られなかったという。それほど機密性を高めた会談なのだから、その場にいた人間もきわめて限られる、と考えるのが妥当だ。
 いったい誰が、何の目的で。これが分かると、政界の今後が見えてくるはずだ。

 目を転じると、公明都議らによる融資口利きの疑惑がある新銀行東京を舞台に、詐欺事件がはじけた。現時点では容疑者のひとりである元行員が注目されているが、二課が狙うのはこんな小物ではあるまい。それこそ都議らの関与、というヤマを狙っているだろう。

 「何か」に焦る公明。困った人の話を聞き手を差し伸べるためではなく、人の足元を見るためにしか姿勢と目線を下げることのない彼らにとっての「何か」とは、実体経済の悪化で疲弊する国民生活、などでは断じてない。

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2008.08.31

【ゲーム講評】「AFRIKA」 18-55でナショジオの表紙を飾れ?

 プレイステーション3発売時から「謎のタイトル」として静かに関心を集めていた「AFRIKA(アフリカ)」が、「サファリ」ゲームとしてようやく世に出た。
 内容は、プレイヤーが写真家となってアフリカの自然保護区に行き、写真の手配をあれこれ受けながら大自然を満喫する、というもの。開発当初は、いったいどのような形で着地するのか気になっていたが、もっとも自然なところに収まったのでは。この作品とコラボレーションを結ぶ「ナショナルジオグラフィック」も写真も好きということで、下にいくつか不満を挙げるものの、とてもいい作品と評価する。

 最大の売りであるグラフィックは、時折不自然な動作がみられるが、概ね優れたもの。
 操作性は、だいぶ難あり。いわば写真を撮るゲームだが、フォーカスポイントが中央に固定されているためにピント合わせと構図をスムーズにできないなど、数々の制約がある。ゲームとしてはかなりリアルさを追求したとは思うけれど、結局はすべてカメラ任せで撮るのがベストという皮肉なことになっている。露出がアンダーかオーバーかは撮影しないと分からない、というのはきわめて不親切。これではシャッタースピード優先とマニュアルが苦役にしかならない。

 ほとんどヒントがない中、広い自然で目的の動物やシーンを探して「いい写真」を撮れ、という流れは、人によっては苦痛でしかないはず。でも、ハードが進化すればするほどプレイヤーをゴールまで親切に導くゲームが増えたように感じる僕にとっては、こういうゲームもありだと思う。「何をすればいいのか分からず不親切」と思う人はすかさずネットで攻略法を検索するのだし、「とりあえず好きにしててください」というのがこの作品の本質で醍醐味だろうから。たかがゲームなんだから、のんびりやろう。

 ただ、どうしても同意しかねるのが、主人公の写真家としての設定。ソニーのデジタル一眼レフ「α」シリーズが登場する、と聞いたときに嫌な予感はしていたのだけれど…。
 まずスタート時、主人公が手にするカメラはオート設定のみのジャンク品で、レンズは18-55の安物ズーム。
 おい、これでアフリカへ仕事に行くなよ!

 しばらくするとこれらの機材が、修理中の主人公の機材の「代替品」であることが分かる。で、本来の機材がようやく手元に返るのだが、それはなんと「α100」に18-70。
 これだけ? いままでこれでどうやって食ってきたんだ?

 ゲームをさらに進めると、仕事の報酬でボディやレンズを更新できる。ボディが最高でα700なのはまだ許そう。でも、レンズはひどい。まだ途中だが、日が傾いただけでシャッタースピードが15とかになる暗いズームレンズばかり。開放が通しで2.8のレンズはないのか。
 こんな貧弱な装備にもかかわらず、若手写真家の主人公には次々に仕事が舞い込む。そしてあっけなく、世界最高峰ともいえるナショジオの表紙を飾ってしまったりする。ライオンの頭がもろに題字にかぶる、どうしようもない写真だというのに報酬を満額もらえる。ゲームの中とはいえ、「しょぼい仕事をしてすんません」と申し訳ない。
 現実にはどんなにゆるい仕事でも、24-70、70-200、400、600ミリレンズは最低限必要。でもソニーのレンズ群には400と600という常用の超望遠がない。もし「ソニー」という縛りがなかったら「写真」というゲームの大きなテーマをさらに豊かにできたはずだろうに、ソニーのデジカメとのコラボレーションは完全にあだとなった。
 もしこれがキヤノンなら、キスデジから始まり40D、5DそしてマークⅢとボディはレベルアップ。ニコンならD40からD80、D300を経てD3。もっとも、上級になるとボディもレンズもソニーよりだいぶ値が張るので、機材を購入するのが一苦労になり、お金を稼ぐことがゲームの目的になりかねないか……。

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2008.08.28

写真は映像の夢を見るか ニコンD90登場

 北京五輪の「カメラ戦争」が終わったばかりだが、キヤノンとニコンとの競演が再び繰り広げられた。キヤノンの新機種「EOS50D」発表の翌日にニコンが存在を明らかにした新機種「D90」だ。

 「写真」を撮るカメラとしては、特筆すべき点はない。
 細かい点では、先代の「D80」に「D300」の技術を多く盛り込み、顔認識など初心者向けの機能でライトユーザーからハイアマチュアまでを広くターゲットにしている。もっとも、D80は描写の良さからD300などが出ても根強い人気を得ており、画素数が増えたことによる階調表現の変化を歓迎しないD80ユーザーが少なくないかもしれない。市価約12万円は、まあ妥当な線か。キヤノンの50Dに先手を打った形になったことは、熾烈なシェア争いに大きな影響を与えるかもしれない。

 一見すると何の変哲もない新機種。目玉の動画撮影機能も、コンパクトデジカメではまったく珍しくないため、ともすれば「おまけ」に感じるかもしれない。
 けれども、これがもっとも凄い。性能ではなく、「写真」を撮るために特化されたはずの一眼レフタイプのカメラに「映像」の機能を盛り込んだことは、カメラをめぐる時代の大変化の兆しだと、僕は解釈している。新時代の扉が、いよいよ開く。

 先のエントリ<「カメラ戦争」のいま、そしてこれから>にも関わるが、近い将来、プロを中心に写真と映像との融合が急速に進む、と僕は見込んでいる。
 大きな理由は2点ある。

1.新聞・通信社の活路は映像ビジネス
 報道写真の影響力は依然として大きいが、ネットが普及し新聞と放送メディアの垣根が消えているいま、取材力で放送局(NHK除く)に勝る取材力を有する新聞・通信社が映像への参入を遠慮する理由は、もはやない。むしろ映像は「商品」としてきわめて魅力的。既存の活字メディアで映像技術の導入が進み、大きな組織改編が行われているのは、「写真だけでは生き残れない」という危機感と、「これからは映像を」という強い決意の表れだろう。また、海外のフリーカメラマンは写真と動画の両方に力を入れていることも大きい。これらのことから、カメラメーカーは市場として映像に力を入れざるを得ない。

2.スチルカメラの技術が頭打ち状態
 画質がフィルムと同等あるいはそれ以上になったいま、プロがさらに求めるのは高速撮影機能だ。しかしシャッターを使っての従来の撮影では、時間あたりのコマ数を増やすことが物理的に無理。秒間20コマや30コマ、あるいは60コマという新次元に踏み込むためには、映像を切り取るという手法しかない。切り取った写真の画質は報道用としてはほぼ問題ないレベルまで達しており、あとはカメラ本体のバッファ容量や膨大になるデータ量の処理をどうするのかが課題となる。

 あくまでD90は新機軸のデモンストレーションだ。キヤノンもまったく同じ路線で攻勢をかけてくるだろう。そして4年後のロンドン五輪あたりには、カメラ席からは「ガガガッ」というシャッター音が消えるだろう。

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2008.08.27

早くも登場 キヤノンEOS50D

 キヤノンが、デジタル一眼レフカメラの中級機種「EOS50D」を9月下旬に発売する。先代「EOS40D」発売からわずか1年での更新を、焦りとみるか勢いとみるか。ユーザーも含め評価が大きく分かれるだろう。

 40Dからの変化は少なく、マイナーチェンジの域にとどまる。ただ、新映像処理エンジン「DIGIC4」と、画素表面のマイクロレンズを改良し光量増加を図った撮像素子は、大きく踏み込んだ新技術と思える。これらの技術は必ず、EOS5DやEOS1D-マークⅢなどの後継機に使われるだろうから、50Dから占えるものは少なくない。

 先日、50Dを少しだけ手にした。実感は、驚くほど40Dと変わりなかった。写真も、高い性能を持つ40Dとの決定的な差は感じられない。高感度に強くなったというが、暗所でISO3200以上の撮影をする時間がなかったので確認できなかった。残念。評価したいのは、ファインダーの見やすさが向上したこと。スペックこそ同じだが、40Dで感じた窮屈さはだいぶ解消された。

 待望の声があった、高電圧バッテリー搭載型の縦位置グリップは登場せず。同クラスのライバルであるD300のメリットを崩すには至らなかった。

 50D以上に興味深いのは、デジタル専用の新レンズ「EF-S 18-200ミリ F3.5-5.6IS」。ニコンがまったく同じスペックのものを発売したのは、2005年12月。キヤノンユーザーが待ちに待った超高倍率レンズが、ついに登場した。すでにレンズメーカーからは同様のレンズが多く出て新鮮味は乏しいが、純正品の持つ意味は小さくない。価格も純正品としては手頃でそこそこ人気が出るのでは。
 疑問なのは、ライトユーザーを中心に人気があるこの種のレンズを、なぜキヤノンは長い間世に出さなかったか、ということ。開発に手間取ったとは考えにくい。

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2008.08.20

「カメラ戦争」のいま、そしてこれから

D3mk3
 北京五輪の「カメラ対決」について、朝日新聞が<選手迎え撃つ白黒の「砲列」 カメラ界も頂上決戦>という記事を配信している。アテネでキヤノンに惨敗したニコンが、D3で失地を回復しつつある、との内容だ。
 「白」と「黒」が拮抗した、男子百メートル走決勝でのカメラ席の写真は、カメラ史の一コマにもなる。記事も、AFPがニコンにシフトした一方でAPとロイターがキヤノンを主力にしたまま、という話などが興味深い。現地で取材しただけあって、カメラに関心のある人が最も知りたいと思うポイントを的確に押さえた優れた記事といえる。
 一方で週刊誌「フラッシュ」最新号は「Canon vs Nikon 五輪カメラ戦争!」という特集を掲載。五輪で繰り広げられるもう一つの知られざる闘いを、カメラに詳しくない読者にも分かりやすく紹介した点は高く評価する。ただ内容は、これまでの両社の対決の歴史に終始し、ニュースとしての深みは足りなかった。

 いずれの記事もD3がキーワードとなっている。それだけD3のインパクトは絶大といえる。

 D3登場後、ニコンの開発メンバーと話をした。彼らは「プロを心底がっかりさせてしまった」と、アテネの大敗を決定付けたD2シリーズの失敗を振り返りつつ、致命傷だった高感度撮影の改善をD3開発で最重視し実現した、と明かした。つらい失敗を完全に過去のものにできた、という表れだと感じた。満を持して世に放ったD3はいま、一新した超望遠レンズ群とともに「レコンキスタ」を図る。

 開発陣は引き続き、新しい技術と機種の開発に尽力している。3年後にはまた、熾烈な頂上決戦に挑むだろう。
 仮説になるが、次の節目に現れる新しいカメラは、もはやスチルカメラではなくなる。具体的には、さらなる高速撮影を実現するため、シャッターという概念をなくすだろう。

 先の全国高校野球で話題になったのが、読売新聞が行った「実験」。秒60コマが撮影可能なカシオのコンパクトデジカメで撮った写真をネットで配信した。打撃の瞬間やクロスプレーがスローで流れるさまは、もはや映像の域。ピントさえ合えば、最上級一眼でも困難な決定的瞬間の撮影がきわめて容易にできる。
 現行のデジタル一眼では10コマ台が限界だが、この技術ならコマ数を大幅に増やせる。近い将来の撮影は、液晶ファインダーでシーンを狙い無音で瞬間を次々に切り取る、というスタイルになるかもしれない。こじつけになるが、2月にニコンカメラ販売が「ニコンイメージングジャパン」に社名変更したことも、時代が写真の枠を超え「映像」という概念に移ることを示唆しているのでは、と思っている。

 ちなみに、カメラに詳しくない人や、キヤノンとニコン以外のユーザーは「そもそも、なぜプロ市場を2社で独占してるの? 他のメーカーを五輪で使ってるカメラマンはいないの?」と思うのでは。一言でいえば、この2社の総合力が他社とは別格だから。
 五輪などでは、400ミリ以上の超望遠レンズがなければまったく仕事にならない。この種のレンズをボディと一体で開発し、高度な技術と実績を有しているのは2社しかない。また、五輪などの現場で修理やリースなどをする大規模なサポート体制を構えられるのも、2社しかない。長年にわたり現場の要望を可能な限り反映させることで築いてきたプロとのパイプと信頼関係も大きい。
 もしソニーなどがシェアを広げたいとするなら、まずは高性能の超望遠レンズの開発が不可欠だが、かなり莫大な投資が必要になるし軌道に乗るには長い年月を要する。カメラ戦争とは、まさにF1と同じく総力戦なのだ。

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 貴重な資料になるので、<選手迎え撃つ白黒の「砲列」 カメラ界も頂上決戦>の記事を引用させていただきます。
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 世界のトップ選手が集う北京五輪。世界記録や選手の表情を刻むカメラの世界でも、頂上決戦が繰り広げられている。前回のアテネ五輪は白いレンズのキヤノンが圧倒したが、北京では黒主体のニコンが肉薄。実力を測る最高の舞台とされる陸上男子100メートル決勝では、「白」と「黒」が競り合った。
 16日夜、9万人が息をのむ中、号砲が鳴った。北京の国家体育場(通称・鳥の巣)であった男子陸上100メートル決勝。8選手が飛び出した瞬間、カメラマン席から連続シャッター音が鳴り響いた。
 ウサイン・ボルト(ジャマイカ)が9秒69の世界新で駆け抜けたゴール周辺に集まったカメラマンは約400人、大きな筒形の超望遠レンズはその倍以上ある。黒いカメラに白のレンズがキヤノン。カメラ、レンズともに黒いのがニコン。世界のスポーツ報道用を独占する日本の2社が技術を競う。
 ざっと数えると、「黒」の4割強に対し、「白」が6割弱。「アテネは、真っ白だった。会場によっては、9割がキヤノンという競技会場もあった」。北京五輪でメディアサポートの陣頭指揮をとるニコンの後藤哲朗執行役員は、4年前を振り返る。
 もともとは、この世界ではニコンが強かった。同社は59年、先がけてプロ用一眼レフカメラ「F」を発売。「東京五輪(64年)では、世界のカメラマンが手ぶらで来て、日本で買ったカメラを使って撮影した」という。
 しかし、80年代末にオートフォーカス時代に入り、キヤノン「EOS(イオス)」が焦点を合わせる速度、超望遠レンズの質、量などで凌駕(りょうが)した。バルセロナ五輪(92年)でニコンを逆転し、「それ以降は、スポーツ写真の分野では常に半数以上が『白』だった」(キヤノン)。
 ニコンが北京で互角の戦いをするようになったきっかけが、昨年11月発売のデジタル一眼レフの最上位機種「D3」だ。暗い場所でも明るく撮れるよう、「高感度」の機能を充実させた。
 男子100メートル決勝を取材した中国国営新華社通信の黄敬文さんは「光の入りが圧倒的に良くなった。より高速シャッターが切れる」。五輪取材班65人のうち、数人がキヤノンから切り替え、今は7割強が「黒」という。フランスのAFP通信社も社としての機材調達先をニコンに変えた。
 一方、「白」派は根強い。世界の3大通信社のうちAPとロイターは今も大半がキヤノンを使う。「妻と同じで、一つミスを犯したからといって取り換えたりしない。すぐにキヤノンも同様の機種を出すよ」(APのデニス氏)。
 両社のレンズには互換性がなく、カメラを取り換えると膨大なお金がかかる。自分で機材を買う「自腹派」は切実で、「半年分の給料をはたいた手前、機材をコロコロ変えられない」(ジョルナル・ド・ブラジルのダニエルさん)。
 ただ、企業にとっては「これはF1と同じ。最上位機種の勝敗が企業イメージを左右するだけに、負けられない」(ニコンの後藤氏)との事情もある。ソニーもプロ向け最上位機種を開発中とされるほか、韓国のサムスンも参入を狙っているといわれ、競争はこの先も続きそうだ。

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