2011.02.16

報道の現場とカメラのいま

 このブログはかつて、報道の視点から写真やカメラについて多く触れてきた。それによって中断を余儀なくされたけれど、一方で、愛読してくれる人たちもいた。
 写真やカメラを扱うサイトは多いけれど、報道というきわめてニッチな分野を専門にしたものは少ない。だからこそ、このページはきわめて限定的ではあったけれど根強い需要があったのだと思う。
 本来の専門は、ニュースや報道のあり方への雑観(雑感でもある)だけれど、とりあえずは報道の現場で使われる機材の近況を紹介する。今回はカメラボディについて。

 この一年で特に大きく変わったことがある。写真記者が一眼レフで映像取材も行うことが当たり前になった。
 現在はビデオカメラに比べるとオートフォーカスやズーミングが苦手だが、大型センサーによる映像のよさは民生用のビデオカメラとは比較にならない。この高画質を武器に、ウェブ向けに限らず協力関係にある放送局を通じてテレビニュースでも使われている。
 映像取材ではキヤノンのカメラがよく使われている。同社は早くからフルハイビジョン映像の撮影機能を取り入れ、最近はドラマや映画、コマーシャルへの売り込みに力を入れている。ここ最近では、TBS系で放送されたドラマ「おじいちゃんは25歳」の撮影を全て同社の一眼レフで行ったという。
 高品質の映像作品をつくるために、これまでは数千万円レベルで機材をそろえる必要があった。ところが一眼レフなら数十万円台で従来の機材と同等、場合によってはさらに高品質な作品を生み出せる。映像業界でコスト削減が進んでいることも背景だが、機材や記録メディアもコンパクトになり機動力が飛躍的に高まったことも、映像の世界で一眼レフが歓迎されている一因だ。
 少し前は、画質の向上したビデオカメラがスチル写真の機能を担う、とばかり思っていたけれど、逆に一眼レフが有力な映像ツールになった。なんとも複雑な気持ち…。

 さて、具体的な機材の紹介を。

 現場でよく使われるキヤノンのカメラは、報道向けを念頭に造られた1DマークⅣが主力となっている。先代のマークⅢは動く被写体に対するAF性能が難点だったが、その点は完全に解消された。高感度撮影に強くなり、画素数もバランス良いレベルまで増えた。難を言えば、モニターで確認した画像が実画像よりも明るめに表示される印象が強い。モニターは初期設定より暗くしたほうがいい。
 高画素の5DマークⅡと、APSーCサイズながらも高感度撮影や高速連写の性能が優れている7Dも、1Dのサブ機としてよく使われている。いずれも、ハイビジョン映像が撮影できる。

 キヤノンはセンサーサイズの関係から焦点距離が長くなるため(フルサイズ機を除く)、撮影距離が遠い取材や、迫力ある写真が求められるスポーツ取材では根強い支持を集める。

 ニコンは、フルサイズで扱いやすく高感度特性に一日の長があるD3sが主力となっている。
 登場から3年とデジカメの世界では古株に差し掛かるD3も、基本性能の高さからまだまだ現役だ。
 ライバル機より画素数が少ないけれど、報道向けには1200万画素は十分すぎる。そもそもこのレベルならパネル大の印刷でも問題ない。
 高感度撮影はもはやいうまでもないけれど、暗いところでもAFが正確に合うからこそ高感度特性がアピールできることを忘れてはいけないと思う。
難を言えば、複数色の光源でホワイトバランスをオートにすると、ややイエローが目立つ傾向があるところか。

 D3のセンサーを積みながらも機動力に優れたD700も支持を集める。バッテリーパックをつければD3に迫る高速連写が可能ということで、サブ機として導入する社も見られる。
 現在はあまり多くないが、D300sといったDXフォーマット機を愛用する人もいる。日中に遠距離の被写体を撮るときはフルサイズ機より有利。ボディとレンズのさらなるコンパクト化が望めるDXフォーマットには期待しているので、D3程度の画質の上級機を世に出してほしい、と願っている。

 かつてはニコンは、シェアでキヤノンに押され気味だったが、特に劣勢を強いられていたスポーツ取材でも現在は互角の勝負を演じている。室内や夜間の競技ではやはり定評がある。

 キヤノンとニコンのどちらがいいのか、という結論は、出せない。両社ともきわめて高品質な機種を揃え、ある程度の差はあれど、誰の目にも明らかな決定的な優劣というものが存在しないからだ。
 そして、これまでも繰り返していることだけれど、写真はカメラではなく人間が撮るということを忘れてはならない。性能も値段も高い機材でも見る人の心に訴えかける写真を撮れるとは限らないことは、価格コムあたりをぶらつくと分かるはず。モデルを雇うお金とレフ板があればいいポートレートや、土産屋にある絵葉書のような風景写真くらいは、エントリーモデルと中古の単焦点レンズで十分だ。

 弘法も筆を選ぶとしても、良い筆を使えば弘法になれるわけではない。そして、向上心や好奇心といった気持ちこそが見る人の心を揺さぶる写真を生む。そう考える。
 次回は、レンズについて紹介できたらと考えている。

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2011.02.10

ゆうちゃん

 「ゆうちゃーん」
 寒空に掛け声が響いた。黄色くはない。声の主は四、五十代の男性三人だ。
 数十人の報道陣が渦中の人間を待ち構える現場。目当てはある不祥事の関係者たちで、当然「ゆうちゃん」は 現れない。声の大きさから少し酒を含んでいるようすの男性たちは、沖縄から遥かに離れたこの地に来るはずのない注目ルーキーの名を、報道陣の傍らで得意げに三回ほど叫んだ。
 やっぱ、みんなそう思ってるんだな。
 百個を超す目が声の主からさりげなく背けられたのに加わりつつ、安堵と不安を感じた。

 「それではスポーツです!」
 自信に満ちたアナウンサーの宣誓に続くのは、女性たちの顔、顔、顔、そして、投げたり走ったり楽器を手にしたりと日替わりで何かをしている期待の新人……。ここ最近、夜ごとニュースで流される映像だ。
 彼が何をしても、仮に水族館でジンベイザメを見たりハブ酒を試飲した、といった程度の話題であっても、必ずニュースになるはずだ。彼がやってニュースにならないのは、メディアに横柄な態度をとることぐらいか。

 どうでもいいよ。

 男性が僕たち報道陣に浴びせたからかいは、見事なほど的確だった。僕も同じ思いだったから、安心した。けれども僕たちは、分かっていても「ゆうちゃーん」と叫ぶ女性たちにクローズアップすることしかできない。

 どうでもいいよ。

 何かあるたびに、メディアは「街の生の声」を求めて銀座や新橋あたりに駆け出す。

 「小沢さんは、身を引くべきだよ、ありゃあ」
 「相撲界は国技なんだからけじめをつけて原点から再出発してほしい」
 「ノーベル賞、おめでとうございます」
 「日本代表! 感動をありがとう!!」

 「街の声」のいずれもが、メディアに求められ選ばれていることを、顔出しでインタビューに答えた人を除くほぼすべての人が知っている。人々が醒め、冷めていることはメディアも知っている。それでも「どうでもいいよ」では番組も紙面も成立しないから、必死になって枠にはまった声を探す。欲しかった声が拾えたら、取材は終わる。そういうこともきっと、みんなにばれている。

 少し前、英国の王子が婚約するというニュースで、あるロンドン市民が街頭インタビューに「彼らにとってはとてもすばらしいことですが、私には何の関係もありません」との趣旨で答える映像を見て、日本では絶対に真似できないと感心した。仮に皇族に慶事があったとして、「自分にはどうでもいいこと」との回答をメディアは世に出せまい、絶対に。そういうこともきっと、みんなにばれている。

 どうでもいいよ。

 メディアがこの言葉から目を背けながら躁になろうとするほど、メディアそのものがこの言葉ひとことで片付けられるようになる。それが不安だ。不安だけれど、きっと夜のニュースは「ゆうちゃん」を取り上げる。

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2011.01.22

善意ってなんだろう

 「養護施設の子どもたちにクリスマスプレゼントを贈るから取材に来てほしい」
 かつての赴任地で、年末になるとこんな売り込みをしてくる団体があった。全国どこにでもある「篤志家」の集まりで特に問題はない団体。悪い話題でもないので毎年行っていた。
 その年も売り込みがあった。でも、別件があったため取材は見送った。翌日、その団体から電話があった。「なぜ来なかった」と。
 この人たちはなんのために赤い服を着てプレゼントを配るのか。こちらも不機嫌になった。

 別の年。赴任地が大きな災害に見舞われた。多くの人が亡くなり、家や財産を失う人がたくさんいた。
 全国からボランティアが集まり、義援金や援助物資も多く寄せられた。救われた思いをしていると、知り合いの地方議員がカンカンになって話しだした。
 「いろんな物資が贈られてきて、とてもありがたい。でも、非常に不愉快なものも多い」
 聞くと、ボロボロになって異臭を放つ古着や、壊れて使えなくなった家財道具やオモチャなどが続々と届いていた。援助物資の送料が無料なのをいいことに、人助けとゴミ処理を一緒くたにしたような事例が多かった。
 さらに、被災地での復旧作業に少しでも人の手が必要なのに、ゴミも混ざった大量のダンボールを仕分けるために人を割かなければいけない、という事態にもなっていた。
 取材後、記事にしようと上司に相談したところ、ひどい話と理解してくれた。けれど、被災からまだ間もない今、善意そのものに水を差しかねないことは控えておこう、ということになった。事実、時間がたつほどに、ボランティアや救援物資は確実に減っていた。地域のために、出稿を見送った。
 何がベストの行動だったのか、今でも悩む。

 善意はさまざまだ。独善によるものもあるし、他意を忍ばせていることもある。
 メディアが喜んだ「伊達直人」現象にも、そんなケースはあるだろう。
 「ニュースで取り上げられたいだけ」「売名行為」「偽善だ」
 理解できなくはない。言うはたやすい。
 けれども、何もしないで冷ややかな眼差しを向けるよりも、価値と意味はある、と思う。同情や傍観では、空腹を満たすことや、施設の運営を立て直すことができないことも、程度が過ぎるほどの冷静さがあるのなら分かるのでは、と感じる。
 被災地に向けられた関心が彼方へさっと引いていった記憶と、タイガーマスクがいなくなった今の報道と重なる。「善意ってなんだろう」。そう考える機会も、水平線の向こうへ消えてしまったような気がする。

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2011.01.17

16年

 「いま記録せんでいつ記録する? 5年10年したらみな忘れてまう。いつまでも残さなあかんのや! 撮るしかないやろ……。撮るしかないやろ!」

 昨年にフジテレビ系で放送されたドラマ「神戸新聞の7日間」で、もっとも印象に残った台詞だ。
 阪神・淡路大震災で壊滅的な被害を受けた神戸新聞社。記者たちも被災者となりながら、新聞を読者に届けるために地震発生直後から取材に走る。

 だが、多くの記者は大きな壁にぶち当たる。主人公の若手写真記者も、家族を失い傷ついた人たちにレンズを向けることができなくなった。
 一方で、とりつかれたように現場に向かい続ける先輩写真記者がいた。ある日、少しは内勤のために社にいてほしいとの上司のひと言に、彼は激しく食ってかかる。「おれに撮るなということか」と。
 主人公は言う。「悲しんでいる人たちにカメラを向けることがいいことなのか」。先輩は激怒し、冒頭の言葉を叫んだ。

 傍目には、先輩カメラマンは未曽有の大災害という現場に生き生きとしているように見えたかもしれない。けれども彼も、焼け野原で母の遺骨を探す少年にショックを受け、泣きながらシャッターを切った。
 「なぜこう亡くならなければいけなかったのか。悲しいというより悔しかった」
 実在する先輩の写真記者は当時をこう振り返る。忘れてはいけないから、伝えなければいけないから、壁に真っ向からぶつかり、撮った。

 16年目の夜のNHKニュース。トップは、朝に起きたJR東日本の新幹線トラブルだった。

 震災直後の1月20日、神戸新聞の朝刊一面に載った社説。肉親を亡くした論説委員長が書いた。忘れないために、今年も読んで胸に刻む。

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<被災者になって分かったこと>

 あの烈震で神戸市東灘区の家が倒壊し、階下の老いた父親が生き埋めになった。三日目に、やっと自衛隊が遺体を搬出してくれた。だめだという予感はあった。

 だが、埋まったままだった二日間の無力感、やりきれなさは例えようがない。 被災者の恐怖や苦痛を、こんな形で体験しようとは、予想もしなかった。

 あの未明、ようやく二階の窓から戸外へ出てみて、傾斜した二階の下に階下が、ほぼ押し潰されているのが分かり、恐ろしさでよろめきそうになる。父親が寝ていた。いくら呼んでも返答がない。

 怯えた人々の群が、薄明の中に影のように増える。軒並み、かしぎ、潰れている。ガスのにおいがする。

 家の裏へ回る。醜悪な崩壊があるだけだ。すき間に向かって叫ぶ。

 何を、どうしたらよいのか分からない。電話が身近に無い。だれに救いを求めたらよいのか、途方に暮れる。公的な情報が何もない。

 何キロも離れた知り合いの大工さんの家へ、走っていく。彼の家もぺしゃんこだ。それでも駆けつけてくれる。

 裏から、のこぎりとバールを使って、掘り進んでくれる。彼の道具も失われ、限りがある。いつ上から崩れてくるか分からない。父の寝所とおぼしきところまで潜るが、姿がない。何度も呼ぶが返事はなかった。強烈なガスのにおいがした。大工さんでは、これ以上無理だった。

 地区の消防分団の十名ほどのグループが救出活動を始めた。瓦礫(がれき)の下から応答のある人々を、次々、救出していた。時間と努力のいる作業である。頼りにしたい。父のことを頼む。だが、反応のある人が優先である。日が暮れる。余震を恐れる人々が、学校の校庭や公園に、毛布をかぶってたむろする。寒くて、食べ物も水も乏しい。廃材でたき火をする。救援物資は、なかなか来ない。いつまで辛抱すれば、生存の不安は薄らぐのか、情報が欲しい。

 翌日が明ける。近所の一家五人の遺体が、分団の人たちによって搬出される。幼い三児に両親は覆いかぶさるようになって発見された。こみ上げてくる。父のことを頼む。検討してくれる。とても分団の手に負えないといわれる。市の消防局か自衛隊に頼んでくれといわれる。われわれは、消防局の命令系統で動いているわけではない、気の毒だけど、という。

 東灘消防署にある救助本部へいく。生きている可能性の高い人からやっている、お宅は何時になるか分からない、分かってほしいといわれる。十分理解できる。理解できるが、やりきれない。そんな二日間だった。

 これまで被災者の気持ちが本当に分かっていなかった自分に気づく。“災害元禄”などといわれた神戸に住む者の、一種の不遜(ふそん)さ、甘さを思い知る。 この街が被災者の不安やつらさに、どれだけこたえ、ねぎらう用意があったかを、改めて思う。

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2010.11.23

新生、その前におさらい

 「エスタの沈黙」のような理由(ファイナルファンタジーⅧをプレイした人しか理解できませんね…)で更新を断ってから、それなりの年月がたちました。
 この間、多くのものを失い、一方で、本当に大切なものが何かを知ることができました。
 だから、というわけではないのですが、再びエントリをあげてみようと思いました。これが本格的な復帰となるか、私自身も分かりませんが、このブログの存在を忘れていなかった人が、たとえごくわずかとはいえ、いてくれたことに感謝を表しつつ、弱々しくとも、一歩を踏み出そうと思います。

 とはいえ、謎のようなエントリを最後に沈黙したことについて、多くの方は「?」と思うでしょう。話が長くなりますが、理由をご説明します。

 1.カメラ界の二強であるニコンとキヤノンがフラッグシップ機を出そうとした時期、発売前に両機を使う機会を得た私は、実地で試用した感想と周辺取材も踏まえて分析したエントリを公開した。
 2.私は一方の機種を「優れている」と評した。その評価に、ライバル社の愛好者の一部が強く反発。価格コムにリンクが張られたこともあり、「けしからん!」という声が殺到した。虎の尾を踏んだ、ということです。
 3.発売前の機種のため一般ユーザーには検証が不可能だったことと、社の命運とブランドをかけた旗艦機について白黒つけてしまったことが相まって、批判意見はきわめて感情的に。説明を試みるも、相手にしてみれば「ネガティブキャンペーンを仕掛けた悪者」でしかないので、事態は紛糾。「それでもD3sはいい」と貫く気力もなく、けれども自分の目と考えを変えることもできず、「割に合わない」と思い、貝になった。

 …顛末は以上です。
 ちなみにその後、私は「優」と判断した機種をまっさきに買いましたが、会社からはもう一方の機種を割り当てられました。いまでも、あの時の判断は間違っていなかったと思っています。ただ、その差はとてもわずかで、なおかつ普通のユーザーには重要な要素でなかったことも事実です(どんな被写体であろうと三脚をすえて絞りは11、感度は100か200に限る! という考えの人にとって私の価値基準は何の意味もなかったし、反感を招くだけだったと思います)。

 もっとも、優れた機械を使えば優れた写真が撮れるかといえば「否」としかいえません。フラッグシップ機と純正の超望遠レンズをセットにした人が撮った、枝に止まっただけのカワセミの写真なんかが分かりやすい例だと思います(機械さえそろえれば誰でも撮れる。どうせ撮るなら、ホバリングや水中から魚をくわえ上げる瞬間くらいは撮らないと)。かと思えば、初心者向けボディとレンズキットとの組み合わせで、写真コンテストで高く評価される作品も少なくありません。
 結局のところ、写真の善し悪しとは、機械ではなく被写体の魅力と撮影者の力量が決めるのです。これは、「写真」に向き合っている人ならすぐに分かることでしょう。
 「弘法こそ筆を選ぶ」と言う人もいます。けれども、筆は手段に過ぎないと、私は思います。写真を撮るのは機械ではなく、人間なのですから。

 というわけで、私も人間です。欠点も弱さも未熟さもあります。木鶏や弘法になろうなどと思ってもいませんし、そんな願いは高慢だとすら思っています。けれども、少しでも成長できれば、とは思いつつ、1年ぶりにブラリと立ち上がろうと思います。

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2009.11.25

お知らせ

 いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。

 このたび、当ブログの内容を整理しました。今風に表現すれば「仕分け」です。
 また今後は原則として、新たな記事を公開しません。
 ごく一部だけ、記事を残します。当ブログのマテリアル、標本としてふさわしいと思ったものです。

 ここ最近は、カメラの話題を中心にお伝えしてきました。
 当初は、仕事で深くカメラに関わる立場にいる一個人として、できるだけ分かりやすく率直なレビューをお伝えし、カメラに関心のある方や購入をお考えの人の参考になれば、と考えてきました。

 ところが最近は、記事のごく一部のフレーズに執着した反応や強い思い込みに基づくコメントなど、私の予想の範囲から外れた、こちらからコミュニケーションがとれない、難しいリアクションが増えました。
 多くの読者のみなさんには記事の趣旨をご理解いただき、数あるレビューのひとつという程度でお読みいただいた、と思います。
 が、「一部」とはいえ難解な反応が寄せられ、それらの核となる一方的で偏執的な要素が確実に強まっていることを思うと、運営・更新を続けるのは赤字経営のようなもの、と感じました。
 たとえば「高感度は盗撮にしか必要ないからお前はパパラッチだ」という知ったかぶりのパラノイアの相手を、誰がしたいでしょうか。
 五輪やW杯などストロボ厳禁の場所でもきれいな写真を撮る必要があること、常に被写体がストロボ光の届く範囲にいるとは限らないこと、ストロボを光らせない方が見た目に近く雰囲気のある写真が撮れることなどを、仮に説明したとしても、この人はたぶん聞かないでしょう。

 ちょっと、疲れちゃった。

 しあわせと、カメラの善し悪しは、じぶんのこころがきめる

 それでは、どこか別な場所で会えたら、よろしくどうぞ。
 それと、去る人間らしく、懐かしいひと言を残しましょう。高感度撮影でまっさきに盗撮を思いついた方へ。
 「あなたとは違うんです(笑)」

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2009.01.14

映画「クライマーズ・ハイ」 これは塗り絵だ、塗り絵、なぞってるだけ

 年始にのんびりと見ようと、映画「クライマーズ・ハイ」のDVDを買った。ついでに、再放送を含めこれまで2回見て内容をほぼ記憶したテレビドラマ版のDVDも買った。
 本音を言えば、映画版にはさほど期待していなかった。原作からのファンで映画館に足を運んだ知り合いたちは、そろって「なんだかなあ」と顔を曇らせたこともあるし、何より、秀逸だったテレビドラマ版を上回る完成度を求めるのは酷な話だろう、と思っていた。

 映画版を一見。定価で買う価値は満たしていない、と感じた。
 「日航機事故をめぐる地方紙記者たちの姿」という柱だけは残っているが、原作そしてドラマ版とは大きくストーリーが変わっている。たしかにドラマ版の後追いをそのままするわけにはいかないのだろうけれど、映画版でのアレンジは致命傷になった、と僕は感じた。

 もっとも「失敗」したと感じたのが、タイトルにもなっている、登山家が上を目指すうちに恐怖感が麻痺する「クライマーズ・ハイ」そのものの描き方だ。

 社会部デスクとして紙面を司る主人公が、手下の記者とともに事故原因のスクープを追う場面がある。若手の活躍を望まない幹部や編集部門と対立する販売部門の目を巧みにかわしつつ、会社始まって以来の大スクープを紙面に載せるよう尽力し、記者が関係者から言質を取るのを降版ぎりぎりまで待つ。
 ところが主人公は、裏がとれたと記者から連絡を受けつつも、ギリギリの局面で紙面化を見送る。主人公がスクープという壁をがむしゃらに上がるうちに「クライマーズ・ハイ」になり、そして不意に我に返る、という作品最大の見所ともいえる。

 原作とドラマ版では、主人公は記者から「サツ官(警察官)ならイエスです」という連絡を受けるが、迷う。普段の取材相手である警察官なら、明確に口にしなくとも表情の微妙な動きや口ぶりなどから「はい」か「いいえ」が分かる。でも、初対面の学者は事故原因についてはっきりと口を割らず、どんな場面でどんな表情や反応を見せるのか分からない。確信のないままニュースを紙面化していいのか、主人公は悩む。
 そこに前日、新聞を買いに訪れた事故の遺族とみられる母子の姿が思い浮かび、考える。もっとも真実を知りたがっている遺族にこの紙面は届くが、この記事は「真実」なのか-ここで主人公は、落ちる。

 だが映画では、主人公はさしたる理由もなく、ただ、落ちる。ただ猛り、腰が砕けただけのように見えた。「見せ場」すら描けない作品に、多くは期待できまい。

 原作とドラマ版ではその後、主人公は「新聞紙」ではなく「新聞」をつくろうと大きな一手を指し、人生の岐路に立つ。ところが映画は、スクープの一件からほどなく、後追い紙面を作ってからポンと退職願を社長に突き付ける。
 結局、主人公がなぜ報道に携わったのか、その情熱がどれほどあったのか、映画からはほとんどうかがえなかった。少なくとも、仕事に対する「拘り」が希薄に見えた。

 事故現場を再現したり、新聞社の雑然とした雰囲気を出そうとしたり「リアル」を重視した、ということは感じられる。でもいずれも、上滑りだ。
 テレビクルーの与太話、自動車電話付きの全国紙のハイヤーをうらやむ場面、事故直後だというのに若手が現場に出ず、社内でマイクロフィルムを調べながら社内事情に落胆するシーン…。描写が細かいだけで、何の意味もない。これでは「メディア小ネタ集」止まりだろう。
 そして、物語を貫く背骨が、どこにもない。主人公の社内での微妙な立場、急に倒れた友人の存在、記者たちが取材し伝える意味、そして制作者は何のためにこの映画を作ったのかが、何も分からなかった。
 「走り、叫び、書いた」とは映画のキャッチコピーだが、新聞記者がただなんとなく「走り、叫び、書いた」一週間を描いただけ。

 余談だが、あまりに杜撰で耐え難い場面が2カ所ある。

 墜落現場に行って精神を傷めた若手記者が、幻覚を見たのか急に道路へ飛び出し、車にはねられる。ところが2日後には、編集幹部の適当な黙とうで、彼の存在は消える。
 あれって死亡ひき逃げ事件だろ? たとえ彼が急に飛び出したとしても、車が逃走したことは事実なんだから、事件として追わないとダメでしょうに。
 原作と大きくシナリオを変えて記者を死なせるのは、ストーリーを盛り上げるためにやむを得ないかもしれない。けれども、死亡ひき逃げそのものは重大な事件なはず。いらぬところで細部にこだわる一方で、部下を「殺された」のに怒りにも後悔にも悲しみにも乏しい上司、「ひき逃げで本紙記者死亡」との記事を書いたり取材したりした痕跡もない同僚たちの姿は、あまりに現実離れしている。

 もうひとつは、ずいぶん気の強い女性記者。男だらけのキャスティングにはああいうキャラでないといけない、という事情は呑み込む。
 それにしたって、ネタの当て方も予定稿も知らないのに自信に満ち、そのくせ「直撃取材」なんて恥ずかしい言葉を口にするとは、これまで現実離れしている。あんな人、いないよ。
 映画制作のために取材をしたというなら、ああいう間抜けなキャラクターだけは具現化してほしくなかった。
 上昇志向が強すぎたり、やけに卑屈だったり、上司の機嫌しか取らない人間とかは実際にいるから別にかまわない。けれども、存在しないし、しては困る人を描いてほしくなかった。

 映画版の後に、ドラマ版を見た。こちらは何度見ても見飽きない自信がある。ドラマ版については数年前に書いたけれど、近いうちにいま感じたことを記そうと思う。

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2008.08.20

「カメラ戦争」のいま、そしてこれから

D3mk3
 北京五輪の「カメラ対決」について、朝日新聞が<選手迎え撃つ白黒の「砲列」 カメラ界も頂上決戦>という記事を配信している。アテネでキヤノンに惨敗したニコンが、D3で失地を回復しつつある、との内容だ。
 「白」と「黒」が拮抗した、男子百メートル走決勝でのカメラ席の写真は、カメラ史の一コマにもなる。記事も、AFPがニコンにシフトした一方でAPとロイターがキヤノンを主力にしたまま、という話などが興味深い。現地で取材しただけあって、カメラに関心のある人が最も知りたいと思うポイントを的確に押さえた優れた記事といえる。
 一方で週刊誌「フラッシュ」最新号は「Canon vs Nikon 五輪カメラ戦争!」という特集を掲載。五輪で繰り広げられるもう一つの知られざる闘いを、カメラに詳しくない読者にも分かりやすく紹介した点は高く評価する。ただ内容は、これまでの両社の対決の歴史に終始し、ニュースとしての深みは足りなかった。

 いずれの記事もD3がキーワードとなっている。それだけD3のインパクトは絶大といえる。

 D3登場後、ニコンの開発メンバーと話をした。彼らは「プロを心底がっかりさせてしまった」と、アテネの大敗を決定付けたD2シリーズの失敗を振り返りつつ、致命傷だった高感度撮影の改善をD3開発で最重視し実現した、と明かした。つらい失敗を完全に過去のものにできた、という表れだと感じた。満を持して世に放ったD3はいま、一新した超望遠レンズ群とともに「レコンキスタ」を図る。

 開発陣は引き続き、新しい技術と機種の開発に尽力している。3年後にはまた、熾烈な頂上決戦に挑むだろう。
 仮説になるが、次の節目に現れる新しいカメラは、もはやスチルカメラではなくなる。具体的には、さらなる高速撮影を実現するため、シャッターという概念をなくすだろう。

 先の全国高校野球で話題になったのが、読売新聞が行った「実験」。秒60コマが撮影可能なカシオのコンパクトデジカメで撮った写真をネットで配信した。打撃の瞬間やクロスプレーがスローで流れるさまは、もはや映像の域。ピントさえ合えば、最上級一眼でも困難な決定的瞬間の撮影がきわめて容易にできる。
 現行のデジタル一眼では10コマ台が限界だが、この技術ならコマ数を大幅に増やせる。近い将来の撮影は、液晶ファインダーでシーンを狙い無音で瞬間を次々に切り取る、というスタイルになるかもしれない。こじつけになるが、2月にニコンカメラ販売が「ニコンイメージングジャパン」に社名変更したことも、時代が写真の枠を超え「映像」という概念に移ることを示唆しているのでは、と思っている。

 ちなみに、カメラに詳しくない人や、キヤノンとニコン以外のユーザーは「そもそも、なぜプロ市場を2社で独占してるの? 他のメーカーを五輪で使ってるカメラマンはいないの?」と思うのでは。一言でいえば、この2社の総合力が他社とは別格だから。
 五輪などでは、400ミリ以上の超望遠レンズがなければまったく仕事にならない。この種のレンズをボディと一体で開発し、高度な技術と実績を有しているのは2社しかない。また、五輪などの現場で修理やリースなどをする大規模なサポート体制を構えられるのも、2社しかない。長年にわたり現場の要望を可能な限り反映させることで築いてきたプロとのパイプと信頼関係も大きい。
 もしソニーなどがシェアを広げたいとするなら、まずは高性能の超望遠レンズの開発が不可欠だが、かなり莫大な投資が必要になるし軌道に乗るには長い年月を要する。カメラ戦争とは、まさにF1と同じく総力戦なのだ。

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 貴重な資料になるので、<選手迎え撃つ白黒の「砲列」 カメラ界も頂上決戦>の記事を引用させていただきます。
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 世界のトップ選手が集う北京五輪。世界記録や選手の表情を刻むカメラの世界でも、頂上決戦が繰り広げられている。前回のアテネ五輪は白いレンズのキヤノンが圧倒したが、北京では黒主体のニコンが肉薄。実力を測る最高の舞台とされる陸上男子100メートル決勝では、「白」と「黒」が競り合った。
 16日夜、9万人が息をのむ中、号砲が鳴った。北京の国家体育場(通称・鳥の巣)であった男子陸上100メートル決勝。8選手が飛び出した瞬間、カメラマン席から連続シャッター音が鳴り響いた。
 ウサイン・ボルト(ジャマイカ)が9秒69の世界新で駆け抜けたゴール周辺に集まったカメラマンは約400人、大きな筒形の超望遠レンズはその倍以上ある。黒いカメラに白のレンズがキヤノン。カメラ、レンズともに黒いのがニコン。世界のスポーツ報道用を独占する日本の2社が技術を競う。
 ざっと数えると、「黒」の4割強に対し、「白」が6割弱。「アテネは、真っ白だった。会場によっては、9割がキヤノンという競技会場もあった」。北京五輪でメディアサポートの陣頭指揮をとるニコンの後藤哲朗執行役員は、4年前を振り返る。
 もともとは、この世界ではニコンが強かった。同社は59年、先がけてプロ用一眼レフカメラ「F」を発売。「東京五輪(64年)では、世界のカメラマンが手ぶらで来て、日本で買ったカメラを使って撮影した」という。
 しかし、80年代末にオートフォーカス時代に入り、キヤノン「EOS(イオス)」が焦点を合わせる速度、超望遠レンズの質、量などで凌駕(りょうが)した。バルセロナ五輪(92年)でニコンを逆転し、「それ以降は、スポーツ写真の分野では常に半数以上が『白』だった」(キヤノン)。
 ニコンが北京で互角の戦いをするようになったきっかけが、昨年11月発売のデジタル一眼レフの最上位機種「D3」だ。暗い場所でも明るく撮れるよう、「高感度」の機能を充実させた。
 男子100メートル決勝を取材した中国国営新華社通信の黄敬文さんは「光の入りが圧倒的に良くなった。より高速シャッターが切れる」。五輪取材班65人のうち、数人がキヤノンから切り替え、今は7割強が「黒」という。フランスのAFP通信社も社としての機材調達先をニコンに変えた。
 一方、「白」派は根強い。世界の3大通信社のうちAPとロイターは今も大半がキヤノンを使う。「妻と同じで、一つミスを犯したからといって取り換えたりしない。すぐにキヤノンも同様の機種を出すよ」(APのデニス氏)。
 両社のレンズには互換性がなく、カメラを取り換えると膨大なお金がかかる。自分で機材を買う「自腹派」は切実で、「半年分の給料をはたいた手前、機材をコロコロ変えられない」(ジョルナル・ド・ブラジルのダニエルさん)。
 ただ、企業にとっては「これはF1と同じ。最上位機種の勝敗が企業イメージを左右するだけに、負けられない」(ニコンの後藤氏)との事情もある。ソニーもプロ向け最上位機種を開発中とされるほか、韓国のサムスンも参入を狙っているといわれ、競争はこの先も続きそうだ。

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2005.04.27

新人記者

 JR宝塚線での事故の犠牲者が増えている。このことにどう向き合えばいいのか、分からない。

 メディア各社は大人数を投入して総力戦を繰り広げている。その中には今月入社したばかりの新人たちの姿もある。配属間もない彼らは空前の「修羅場」に立ち、何を思うだろう。

 入社からしばらく、最悪だった。警察署の副署長とどう会話すればいいのか常に悩み、刑事課に入っても数分で出てばかり。十数行のひったくり原稿を書くだけでも何回も上司に怒鳴られ嫌味を言われ、何回も警察に電話取材を繰り返した。
 朝は早く帰りは遅い。肉体・精神両面で限界を感じていた。いつ事件・事故が起こるか不安で、憂鬱だった。街ダネ取材にも力が入らず、原稿の質は上達しなかった。小さいながらも独自ダネを出す同期と不甲斐ない自分を比べてさらに落ち込んだ。

 配属から十日ほどのこと。管内で保育園に通う男の子が車にひかれて死んだ。夜、顔写真をもらいに両親宅に向かった。留守であってくれと何度も願った。明かりがついていた。五分ほど家の前に立ち、玄関のドアに向かった。それからのことはよく覚えていない。最後の日曜に公園に遊びに行ったときに撮影したデジカメのデータをもらい、帰社した。上司は低い声で「よくやった」と言い、背中を優しくたたいた。
 それから何カ月間、「よく覚えていない」ときのことが頭をよぎるたび、涙があふれた。心に余裕ができるまで、誰にもつらさを打ち明けられなかった。そんな臆病さに嫌気が差した。「この仕事をやっているのなら、もっと積極的にならなければ」と思えば思うほど、気持ちが空回りした。結果、サツに食い込めず、自分でネタを見つけられない役立たずになった。なりたくて仕方がなかったはずの仕事を辞めようと何度も思った。死んだら楽になるかな、と思ったことも数回ある。

 新聞社の人事教育のコンセプトを簡潔に表現すれば「実戦が最大の訓練」だ。困難な状況に立ち向かい物事にもまれるほど、記者はたくましく育つと考えられている。ロールプレイングゲームでレベルが格段に上の敵に勝つと、多くの経験値を得られるのと同じだ。だが、強敵に勝つことはもちろん難しく、記者が戦闘不能に近い大きな傷を受けることもある。

 災害や事件時の「心のケア」の重要性が高まっている。対象は被害者だけでなく、救助活動にかかわった警察官や消防隊員らにも広がる。
 けれども、メディアで非常時に「心のケア」が行われたと、僕は聞いたことはない(もしあれば教えてください)。すべての人が悩みを上司や友人などに打ち明けられるわけではないだろうし、望むように上司たちが気持ちを受け止めてくれるとも限らない。「その程度で弱音を吐いてどうする。そんなんじゃやっていけないぞ」「嫌なら辞めてもいいぜ。給料が安い今なら会社も困らないし」と言われるのが怖い。言葉にしなくても、すでにそう思われているのではと思うと自信がなくなる。普段ならば難しくないこともできなくなるほど弱くなった記者は、どうすればいいのだろう。運良く僕は仕事を続けている。わずか数年で先輩や同僚が社を去った。中には心身の問題で辞めた人もいる。

 報道のあり方への疑問が高まっている。僕も、コメントしてくれる遺族に次々に群がる暗い表情の記者の姿を見ると、表現できない思いを抱く。同情と理解、反発と疑問を同時に覚える。

 これでいいのか。でも伝えなければいけない。それが自分たちの仕事であり報道の使命。だから向かわなければいけない。ヘリがうるさい。気持ちを奮い立たせる。遺族に声をかけられない。どう声をかければいいのか。とにかくやるしかない。断られる。怒鳴られる。泣かれる。遺族にテレビカメラがぶつかりそうで危ない。記者に囲まれ苦しそうだ。これでいいのか。やらなければいけない。情報こそが唯一の仕事の成果。何もしなければ上司に怒鳴られる。やらなければいけない。自分にしかできないことなんだ。これでいいのか。やるんだ。仕事だ。やるんだ。よしいいコメントが取れた。これでいいのか。

 この事故取材にあたる新人のことが心配だ。もし壊れた人がいたとして、だれが寄り添って理解してあげられるのか。読者・視聴者の風当たりは強い。彼、彼女のつらさはだれが受け止めるのか。普通の人からは加害者、身内からは「使えないヤツ」とされたとき、彼、彼女は一体どうすればいいのか。
 JR西日本では、過酷な「日勤教育」で自殺した運転士もいるという。メディアの姿とたぶって見えた。

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