2008.11.24

「不可解な動機」への違和感

 さいたま市と東京・中野での元厚生事務次官宅襲撃事件で、警視庁に出頭し銃刀法違反容疑で逮捕された男が、両事件に関与した疑いが強まっている。
 「年金テロ」とみられていた事件は急転したものの、男は調べなどに「過去にペットを殺された恨み」と動機を語っているという。これについて各メディアは「不可解」と評しているが、僕にはそれこそが「不可解」に感じる。言い換えれば「年金テロ」ならストンと理解できるのか。
 もし、多くの人が「理解」できる動機や殺意があるとすれば、ただ危うい。年金テロ説は、数少ない関連性と「厚労省なら狙われてもやむを得ない」という歪な見方が生んだといえる。そしていまメディアは、「不可解な動機」に疑問を呈しつつ「いや、やはり年金がらみでは」とあがいている。まだ調べは始まったばかりだが、各社は今回の「飛ばし」についてよく考える必要がある。

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2008.10.30

赤プリの一室に「一体、誰のおかげで総理になれたと思ってるんだ」の怒号が響く

 週明け以降、年内の衆院選の可能性が一気にしぼんだ。そんな中、29日に多くの地方紙の政治面などにある記事が掲載された。非常に読み応えがあるショッキングな内容で、すべて事実だとすれば取材者はかなりの力量を持っていると感服したので、紹介する。局長賞は確実か。

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 首相麻生太郎が株価底割れを受けて衆院選の年内見送りへかじを切った。大義名分は景気優先だが、選挙情勢の旗色が悪く「越年に追い込まれた」(自民党幹部)のが実情だ。ただ持久戦で勝機が訪れる保証はなく、公明党との連立体制は相互不信がむしばむ。政権失速のリスクを抱え込んだ「展望なき決戦回避」までの軌跡をたどった。=敬称略=

 26日夜、東京・紀尾井町の「グランドプリンスホテル赤坂」。秘書官との食事名目でホテル内の中国料理店に姿を消した麻生は、報道陣の目をかいくぐり上階の客室を訪れた。公明党代表太田昭宏と幹事長北側一雄が待ち受けていた。首相が24、25両日の北京訪問の際、衆院の早期解散に慎重姿勢を示したことに業を煮やし、直談判しようと手ぐすね引いていた。
 「一体、誰のおかげで総理になれたと思ってるんだ」。密会の部屋には早期解散を迫る二人の怒号が飛び交った。公明党は低空飛行を続けた前首相福田康夫に見切りをつけ、選挙の「顔」として麻生を押し上げる原動力の一翼を担った。すべては麻生の就任直後の“ご祝儀相場”が引けないうちに選挙を戦い、与党過半数を確保するため。支持母体の創価学会は「11月衆院選」を目指して走り続けており、簡単に「撃ち方やめ」というわけにはいかない。学会への面目は丸つぶれだ。
 しかし、解散権を握る麻生は先送りの判断を告げた。「今の経済情勢を考えると、政治空白をつくることはできないでしょうが。景気、金融対策を優先させる。選挙は今じゃないんだ」

▼物別れ
 ホテルでの麻生と太田らのせめぎ合いは続いた。太田は「解散するかしないか考えながら政権を運営しても中途半端になる。民意の洗礼を受けたうえで、強力な経済対策を打つべきだ」と指摘。
 さらに衆院選日程について「11月30日」が有力視されてきたことを踏まえ「11月末が駄目な理由を言ってくれ。駄目なら、この時期に解散すれば勝てるんだという戦略を示してくれ」と食い下がったが、麻生は「言えない」の一点張り。
 「このままでは福田と同じになってしまうぞ」。いら立つ太田は「麻生おろし」までちらつかせた。しかし約1時間続いた会談は物別れに。テーブルには、麻生が一口もつけずに冷めたコーヒーが残された。
 会談には前段があった。麻生と太田は今月1日にも同じホテルでひそかに向き合った。太田は早期解散を求める立場から麻生の腹のうちを探った。だが麻生は「おたくらは、福田前政権のときは『選挙は年末・年始に』と言っていたんじゃなかったんですかねえ」と、けむに巻くだけだった。
 一連の会談で公明党執行部の“麻生不信”は加速した。太田は26日の密会後、党幹部らに「麻生には戦略がない。先送りは最悪の判断だ」と吐き捨てた。麻生も周囲に「(民主党代表)小沢一郎が望んでいる時期に選挙をするばかがどこにいるんだ」と指摘した。
 与党が過半数を確保するには選挙態勢づくりでの緊密な連携が不可欠だ。しかし連立与党体制の空洞化は覆い隠せない。

▼揺らぎ
 麻生は就任直後の9月下旬、周辺に「民主党は2008年度補正予算案に徹底抗戦するだろう。もう(早期解散の)腹は決まっている」と述べ「11月2日衆院選」を視野に、小沢民主党との決戦に挑む意向を漏らしていた。
 だが同じ時期に自民党が独自に実施した選挙情勢調査では「苦戦必至」との予測がまとまり、雲行きが怪しくなる。米国発の金融危機は日本の実体経済にも影を落とし始め、麻生は早期解散圧力を避ける意味からも「景気対策優先」に傾斜していく。麻生は17日に党本部で選対幹部から「自民党候補の動きが鈍い。早期解散では責任を持てない」と伝えられ、決戦回避の意向を固めたとみられる。
 27日夜、自民党で早期解散の旗を振ってきた幹事長細田博之、国対委員長大島理森と都内のホテルで会食。大島は「いま解散しないと、民主党が対決姿勢に転じて国会運営が大変なことになる。このままでは『追い込まれ解散』になる」と強調した。しかし麻生は動じなかった。「どんな困難があっても解散せずに、経済対策をやりたい」
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 共同通信社が配信したこの記事に対し、自民党の大島理森国対委員長は29日、「該当する事実は認識されていない。間違いであることを認めた上で訂正と謝罪を求める」と、同社に文書で抗議した。時事通信によると、首相は記者団に「怒鳴り合ったり迫ったりという話は全く違う」と述べた。
 もっとも、首相は会談そのものを否定していない。大島国対委員長の抗議も「怒鳴り合った」など会談のムードなどへの意味合いが強い。会談があったとされるのは日曜日。翌日の朝刊から「先送り論濃厚へ」に報道が一気に傾いたことを考えると、共同配信記事の趣旨の会談があったことは確実だろう。

 興味深いのは、そもそも首相と公明首脳とのやりとりを誰が外部に明かしたか、という点。各メディアの報道によると会談当日、会談の情報を手に入れた記者たちがホテル内を探したが、警護の警察官すら見られなかったという。それほど機密性を高めた会談なのだから、その場にいた人間もきわめて限られる、と考えるのが妥当だ。
 いったい誰が、何の目的で。これが分かると、政界の今後が見えてくるはずだ。

 目を転じると、公明都議らによる融資口利きの疑惑がある新銀行東京を舞台に、詐欺事件がはじけた。現時点では容疑者のひとりである元行員が注目されているが、二課が狙うのはこんな小物ではあるまい。それこそ都議らの関与、というヤマを狙っているだろう。

 「何か」に焦る公明。困った人の話を聞き手を差し伸べるためではなく、人の足元を見るためにしか姿勢と目線を下げることのない彼らにとっての「何か」とは、実体経済の悪化で疲弊する国民生活、などでは断じてない。

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2008.08.31

【ゲーム講評】「AFRIKA」 18-55でナショジオの表紙を飾れ?

 プレイステーション3発売時から「謎のタイトル」として静かに関心を集めていた「AFRIKA(アフリカ)」が、「サファリ」ゲームとしてようやく世に出た。
 内容は、プレイヤーが写真家となってアフリカの自然保護区に行き、写真の手配をあれこれ受けながら大自然を満喫する、というもの。開発当初は、いったいどのような形で着地するのか気になっていたが、もっとも自然なところに収まったのでは。この作品とコラボレーションを結ぶ「ナショナルジオグラフィック」も写真も好きということで、下にいくつか不満を挙げるものの、とてもいい作品と評価する。

 最大の売りであるグラフィックは、時折不自然な動作がみられるが、概ね優れたもの。
 操作性は、だいぶ難あり。いわば写真を撮るゲームだが、フォーカスポイントが中央に固定されているためにピント合わせと構図をスムーズにできないなど、数々の制約がある。ゲームとしてはかなりリアルさを追求したとは思うけれど、結局はすべてカメラ任せで撮るのがベストという皮肉なことになっている。露出がアンダーかオーバーかは撮影しないと分からない、というのはきわめて不親切。これではシャッタースピード優先とマニュアルが苦役にしかならない。

 ほとんどヒントがない中、広い自然で目的の動物やシーンを探して「いい写真」を撮れ、という流れは、人によっては苦痛でしかないはず。でも、ハードが進化すればするほどプレイヤーをゴールまで親切に導くゲームが増えたように感じる僕にとっては、こういうゲームもありだと思う。「何をすればいいのか分からず不親切」と思う人はすかさずネットで攻略法を検索するのだし、「とりあえず好きにしててください」というのがこの作品の本質で醍醐味だろうから。たかがゲームなんだから、のんびりやろう。

 ただ、どうしても同意しかねるのが、主人公の写真家としての設定。ソニーのデジタル一眼レフ「α」シリーズが登場する、と聞いたときに嫌な予感はしていたのだけれど…。
 まずスタート時、主人公が手にするカメラはオート設定のみのジャンク品で、レンズは18-55の安物ズーム。
 おい、これでアフリカへ仕事に行くなよ!

 しばらくするとこれらの機材が、修理中の主人公の機材の「代替品」であることが分かる。で、本来の機材がようやく手元に返るのだが、それはなんと「α100」に18-70。
 これだけ? いままでこれでどうやって食ってきたんだ?

 ゲームをさらに進めると、仕事の報酬でボディやレンズを更新できる。ボディが最高でα700なのはまだ許そう。でも、レンズはひどい。まだ途中だが、日が傾いただけでシャッタースピードが15とかになる暗いズームレンズばかり。開放が通しで2.8のレンズはないのか。
 こんな貧弱な装備にもかかわらず、若手写真家の主人公には次々に仕事が舞い込む。そしてあっけなく、世界最高峰ともいえるナショジオの表紙を飾ってしまったりする。ライオンの頭がもろに題字にかぶる、どうしようもない写真だというのに報酬を満額もらえる。ゲームの中とはいえ、「しょぼい仕事をしてすんません」と申し訳ない。
 現実にはどんなにゆるい仕事でも、24-70、70-200、400、600ミリレンズは最低限必要。でもソニーのレンズ群には400と600という常用の超望遠がない。もし「ソニー」という縛りがなかったら「写真」というゲームの大きなテーマをさらに豊かにできたはずだろうに、ソニーのデジカメとのコラボレーションは完全にあだとなった。
 もしこれがキヤノンなら、キスデジから始まり40D、5DそしてマークⅢとボディはレベルアップ。ニコンならD40からD80、D300を経てD3。もっとも、上級になるとボディもレンズもソニーよりだいぶ値が張るので、機材を購入するのが一苦労になり、お金を稼ぐことがゲームの目的になりかねないか……。

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2008.08.28

写真は映像の夢を見るか ニコンD90登場

 北京五輪の「カメラ戦争」が終わったばかりだが、キヤノンとニコンとの競演が再び繰り広げられた。キヤノンの新機種「EOS50D」発表の翌日にニコンが存在を明らかにした新機種「D90」だ。

 「写真」を撮るカメラとしては、特筆すべき点はない。
 細かい点では、先代の「D80」に「D300」の技術を多く盛り込み、顔認識など初心者向けの機能でライトユーザーからハイアマチュアまでを広くターゲットにしている。もっとも、D80は描写の良さからD300などが出ても根強い人気を得ており、画素数が増えたことによる階調表現の変化を歓迎しないD80ユーザーが少なくないかもしれない。市価約12万円は、まあ妥当な線か。キヤノンの50Dに先手を打った形になったことは、熾烈なシェア争いに大きな影響を与えるかもしれない。

 一見すると何の変哲もない新機種。目玉の動画撮影機能も、コンパクトデジカメではまったく珍しくないため、ともすれば「おまけ」に感じるかもしれない。
 けれども、これがもっとも凄い。性能ではなく、「写真」を撮るために特化されたはずの一眼レフタイプのカメラに「映像」の機能を盛り込んだことは、カメラをめぐる時代の大変化の兆しだと、僕は解釈している。新時代の扉が、いよいよ開く。

 先のエントリ<「カメラ戦争」のいま、そしてこれから>にも関わるが、近い将来、プロを中心に写真と映像との融合が急速に進む、と僕は見込んでいる。
 大きな理由は2点ある。

1.新聞・通信社の活路は映像ビジネス
 報道写真の影響力は依然として大きいが、ネットが普及し新聞と放送メディアの垣根が消えているいま、取材力で放送局(NHK除く)に勝る取材力を有する新聞・通信社が映像への参入を遠慮する理由は、もはやない。むしろ映像は「商品」としてきわめて魅力的。既存の活字メディアで映像技術の導入が進み、大きな組織改編が行われているのは、「写真だけでは生き残れない」という危機感と、「これからは映像を」という強い決意の表れだろう。また、海外のフリーカメラマンは写真と動画の両方に力を入れていることも大きい。これらのことから、カメラメーカーは市場として映像に力を入れざるを得ない。

2.スチルカメラの技術が頭打ち状態
 画質がフィルムと同等あるいはそれ以上になったいま、プロがさらに求めるのは高速撮影機能だ。しかしシャッターを使っての従来の撮影では、時間あたりのコマ数を増やすことが物理的に無理。秒間20コマや30コマ、あるいは60コマという新次元に踏み込むためには、映像を切り取るという手法しかない。切り取った写真の画質は報道用としてはほぼ問題ないレベルまで達しており、あとはカメラ本体のバッファ容量や膨大になるデータ量の処理をどうするのかが課題となる。

 あくまでD90は新機軸のデモンストレーションだ。キヤノンもまったく同じ路線で攻勢をかけてくるだろう。そして4年後のロンドン五輪あたりには、カメラ席からは「ガガガッ」というシャッター音が消えるだろう。

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2008.08.27

早くも登場 キヤノンEOS50D

 キヤノンが、デジタル一眼レフカメラの中級機種「EOS50D」を9月下旬に発売する。先代「EOS40D」発売からわずか1年での更新を、焦りとみるか勢いとみるか。ユーザーも含め評価が大きく分かれるだろう。

 40Dからの変化は少なく、マイナーチェンジの域にとどまる。ただ、新映像処理エンジン「DIGIC4」と、画素表面のマイクロレンズを改良し光量増加を図った撮像素子は、大きく踏み込んだ新技術と思える。これらの技術は必ず、EOS5DやEOS1D-マークⅢなどの後継機に使われるだろうから、50Dから占えるものは少なくない。

 先日、50Dを少しだけ手にした。実感は、驚くほど40Dと変わりなかった。写真も、高い性能を持つ40Dとの決定的な差は感じられない。高感度に強くなったというが、暗所でISO3200以上の撮影をする時間がなかったので確認できなかった。残念。評価したいのは、ファインダーの見やすさが向上したこと。スペックこそ同じだが、40Dで感じた窮屈さはだいぶ解消された。

 待望の声があった、高電圧バッテリー搭載型の縦位置グリップは登場せず。同クラスのライバルであるD300のメリットを崩すには至らなかった。

 50D以上に興味深いのは、デジタル専用の新レンズ「EF-S 18-200ミリ F3.5-5.6IS」。ニコンがまったく同じスペックのものを発売したのは、2005年12月。キヤノンユーザーが待ちに待った超高倍率レンズが、ついに登場した。すでにレンズメーカーからは同様のレンズが多く出て新鮮味は乏しいが、純正品の持つ意味は小さくない。価格も純正品としては手頃でそこそこ人気が出るのでは。
 疑問なのは、ライトユーザーを中心に人気があるこの種のレンズを、なぜキヤノンは長い間世に出さなかったか、ということ。開発に手間取ったとは考えにくい。

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2008.08.20

「カメラ戦争」のいま、そしてこれから

D3mk3
 北京五輪の「カメラ対決」について、朝日新聞が<選手迎え撃つ白黒の「砲列」 カメラ界も頂上決戦>という記事を配信している。アテネでキヤノンに惨敗したニコンが、D3で失地を回復しつつある、との内容だ。
 「白」と「黒」が拮抗した、男子百メートル走決勝でのカメラ席の写真は、カメラ史の一コマにもなる。記事も、AFPがニコンにシフトした一方でAPとロイターがキヤノンを主力にしたまま、という話などが興味深い。現地で取材しただけあって、カメラに関心のある人が最も知りたいと思うポイントを的確に押さえた優れた記事といえる。
 一方で週刊誌「フラッシュ」最新号は「Canon vs Nikon 五輪カメラ戦争!」という特集を掲載。五輪で繰り広げられるもう一つの知られざる闘いを、カメラに詳しくない読者にも分かりやすく紹介した点は高く評価する。ただ内容は、これまでの両社の対決の歴史に終始し、ニュースとしての深みは足りなかった。

 いずれの記事もD3がキーワードとなっている。それだけD3のインパクトは絶大といえる。

 D3登場後、ニコンの開発メンバーと話をした。彼らは「プロを心底がっかりさせてしまった」と、アテネの大敗を決定付けたD2シリーズの失敗を振り返りつつ、致命傷だった高感度撮影の改善をD3開発で最重視し実現した、と明かした。つらい失敗を完全に過去のものにできた、という表れだと感じた。満を持して世に放ったD3はいま、一新した超望遠レンズ群とともに「レコンキスタ」を図る。

 開発陣は引き続き、新しい技術と機種の開発に尽力している。3年後にはまた、熾烈な頂上決戦に挑むだろう。
 仮説になるが、次の節目に現れる新しいカメラは、もはやスチルカメラではなくなる。具体的には、さらなる高速撮影を実現するため、シャッターという概念をなくすだろう。

 先の全国高校野球で話題になったのが、読売新聞が行った「実験」。秒60コマが撮影可能なカシオのコンパクトデジカメで撮った写真をネットで配信した。打撃の瞬間やクロスプレーがスローで流れるさまは、もはや映像の域。ピントさえ合えば、最上級一眼でも困難な決定的瞬間の撮影がきわめて容易にできる。
 現行のデジタル一眼では10コマ台が限界だが、この技術ならコマ数を大幅に増やせる。近い将来の撮影は、液晶ファインダーでシーンを狙い無音で瞬間を次々に切り取る、というスタイルになるかもしれない。こじつけになるが、2月にニコンカメラ販売が「ニコンイメージングジャパン」に社名変更したことも、時代が写真の枠を超え「映像」という概念に移ることを示唆しているのでは、と思っている。

 ちなみに、カメラに詳しくない人や、キヤノンとニコン以外のユーザーは「そもそも、なぜプロ市場を2社で独占してるの? 他のメーカーを五輪で使ってるカメラマンはいないの?」と思うのでは。一言でいえば、この2社の総合力が他社とは別格だから。
 五輪などでは、400ミリ以上の超望遠レンズがなければまったく仕事にならない。この種のレンズをボディと一体で開発し、高度な技術と実績を有しているのは2社しかない。また、五輪などの現場で修理やリースなどをする大規模なサポート体制を構えられるのも、2社しかない。長年にわたり現場の要望を可能な限り反映させることで築いてきたプロとのパイプと信頼関係も大きい。
 もしソニーなどがシェアを広げたいとするなら、まずは高性能の超望遠レンズの開発が不可欠だが、かなり莫大な投資が必要になるし軌道に乗るには長い年月を要する。カメラ戦争とは、まさにF1と同じく総力戦なのだ。

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 貴重な資料になるので、<選手迎え撃つ白黒の「砲列」 カメラ界も頂上決戦>の記事を引用させていただきます。
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 世界のトップ選手が集う北京五輪。世界記録や選手の表情を刻むカメラの世界でも、頂上決戦が繰り広げられている。前回のアテネ五輪は白いレンズのキヤノンが圧倒したが、北京では黒主体のニコンが肉薄。実力を測る最高の舞台とされる陸上男子100メートル決勝では、「白」と「黒」が競り合った。
 16日夜、9万人が息をのむ中、号砲が鳴った。北京の国家体育場(通称・鳥の巣)であった男子陸上100メートル決勝。8選手が飛び出した瞬間、カメラマン席から連続シャッター音が鳴り響いた。
 ウサイン・ボルト(ジャマイカ)が9秒69の世界新で駆け抜けたゴール周辺に集まったカメラマンは約400人、大きな筒形の超望遠レンズはその倍以上ある。黒いカメラに白のレンズがキヤノン。カメラ、レンズともに黒いのがニコン。世界のスポーツ報道用を独占する日本の2社が技術を競う。
 ざっと数えると、「黒」の4割強に対し、「白」が6割弱。「アテネは、真っ白だった。会場によっては、9割がキヤノンという競技会場もあった」。北京五輪でメディアサポートの陣頭指揮をとるニコンの後藤哲朗執行役員は、4年前を振り返る。
 もともとは、この世界ではニコンが強かった。同社は59年、先がけてプロ用一眼レフカメラ「F」を発売。「東京五輪(64年)では、世界のカメラマンが手ぶらで来て、日本で買ったカメラを使って撮影した」という。
 しかし、80年代末にオートフォーカス時代に入り、キヤノン「EOS(イオス)」が焦点を合わせる速度、超望遠レンズの質、量などで凌駕(りょうが)した。バルセロナ五輪(92年)でニコンを逆転し、「それ以降は、スポーツ写真の分野では常に半数以上が『白』だった」(キヤノン)。
 ニコンが北京で互角の戦いをするようになったきっかけが、昨年11月発売のデジタル一眼レフの最上位機種「D3」だ。暗い場所でも明るく撮れるよう、「高感度」の機能を充実させた。
 男子100メートル決勝を取材した中国国営新華社通信の黄敬文さんは「光の入りが圧倒的に良くなった。より高速シャッターが切れる」。五輪取材班65人のうち、数人がキヤノンから切り替え、今は7割強が「黒」という。フランスのAFP通信社も社としての機材調達先をニコンに変えた。
 一方、「白」派は根強い。世界の3大通信社のうちAPとロイターは今も大半がキヤノンを使う。「妻と同じで、一つミスを犯したからといって取り換えたりしない。すぐにキヤノンも同様の機種を出すよ」(APのデニス氏)。
 両社のレンズには互換性がなく、カメラを取り換えると膨大なお金がかかる。自分で機材を買う「自腹派」は切実で、「半年分の給料をはたいた手前、機材をコロコロ変えられない」(ジョルナル・ド・ブラジルのダニエルさん)。
 ただ、企業にとっては「これはF1と同じ。最上位機種の勝敗が企業イメージを左右するだけに、負けられない」(ニコンの後藤氏)との事情もある。ソニーもプロ向け最上位機種を開発中とされるほか、韓国のサムスンも参入を狙っているといわれ、競争はこの先も続きそうだ。

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2008.08.08

北京五輪 キヤノン対ニコンの激戦にも注目

 北京五輪の開会式がまもなく開かれる。テロと公安当局による記者への暴行などが相次ぐ中、「大国」の光と陰のどちらが際立つのかが気になるが、個人的に注目したいのはやはり、キヤノンとニコンの「白黒戦争」だ。
 おさらいになるが、北京に向けキヤノンは昨年5月、従来機を大きく凌駕した性能のEOS1DマークⅢを投入。当初はキヤノンの優勢だったが、ニコンは11月にD3を発売した。
 キヤノンに後れを取ったものの、夏に大阪であった世界陸上では、報道向けにプロトタイプを貸与。高感度撮影時の描写などで好成績を収め、評価がマークⅢを抜いた。同時期に超望遠レンズを刷新したことや、マークⅢにAFの不具合が出たこともあり、報道各社やフリーカメラマンはD3を本格導入。アテネ五輪で顕著となった「スポーツ写真はキヤノン」は様相が一変し、白レンズで埋め尽くされていたカメラ席にはニコンの黒いレンズが目立つようになった。
 午後8時8分、平和の祭典の幕が開く。歴史的瞬間をカメラマンたちはどのメーカーの機材で記録し報じるのか。もうひとつの「闘い」を見守る。
 今回は行く機会を得なかったが、次回はぜひ現地で取材したい。そのときは「D4(勝手に想定)」を持っていけたらうれしい。でも偶数番のD2がまともにコケたことを思うと、不安がよぎるけれど…。

【追加】
 開会式のほか、柔道や水泳、体操など光量に制限がある環境では、やはりというかニコンの台頭が目立つ。半分には達しているか?各メディアが掲載・配信する競技写真でも、D3特有のコントラストがいやに鮮やかなものが目立つ気がする。
 国内に目を転じると、夏の全国高校野球でもD3が多く投入されている。ただセンターからは600では距離が足りずテレコンが必要なので(クロップは描写が一気に甘くなるため使えない。要のポジションのためD300は力不足)キヤノンが有利。ニコンにも800を強く求める。

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2008.08.04

新聞協会賞 候補作品出そろう

 2008年度の新聞協会賞の候補作品がこのほど、出そろった。毎度のことながら、「ニュース」「写真・映像」「企画」の各部門の受賞作を予想する。

 ニュース部門の筆頭候補は、読売が追加応募した「冷凍ギョーザ 中国でも中毒」の特報。国際問題に発展したギョーザ中毒事件について、命に関わる健康被害をもたらした殺虫剤が中国で混入された可能性が高いことをスクープした。北京五輪開幕と内閣改造という「絶妙」な時期に入手・報道した情報でだいぶ「政治的」な感が否めないが、なぜ中毒事件が起きたかという最大の焦点に迫っただけでなく、日本政府の対応のまずさも明らかにした。なんとも読売らしいスクープだと、個人的には感じる。
 次点は、時事の「一連の『沖縄密約』スクープ 核持ち込み合意の公文書発見」。日本政府が否定を続ける核兵器持ち込みに関する日米の秘密合意について、このことを明記した公文書を突き止めた。ファクトを掘り下げる強い問題意識とねばり強さが報道の要である、と伝える力作だろう。
 次点をさらに挙げれば、NHKの「東芝がHD DVDからの撤退方針固める」の特報。ニュースのインパクトと鮮やかな抜きっぷりに身が震えたことをよく覚えている。典型的な「速報スクープ」だが、影響力の広さを考えると受賞にふさわしい。日経の「リーディング産業・電機業界の再編を巡る一連の報道」は、日経のお家芸といえる事業統合のスクープを長期的な観点でまとめた「合わせ技」。いずれもインパクトが大きい朝刊一面記事だが、並べてみることで巨大な流れを俯瞰できる。こういう応募の仕方もあるということ。

 個人的に推したいのは中日の「米兵中心1万人空輸」のスクープ。イラクで活動している空自輸送機が何を運んでいるか、ブラックボックスを暴いた力作。朝日の「守屋武昌前防衛事務次官のゴルフ接待汚職」の特報は、事務方トップの逮捕に発展しただけでなく、防衛をめぐる国内外の利権の根深さを伝えた良作。刑事裁判の基礎知識の欠如や取材不足に無自覚なまま「実感」に頼りきった報道・情報番組があふれた中での、東海テレビのドキュメンタリー「光と影 光市母子殺害事件 弁護団の300日」はテレビ報道の良心ともいえる。

 写真・映像部門の筆頭候補は、日本テレビの「『秋葉原無差別殺傷事件』容疑者逮捕の瞬間 スクープ映像」。まさに現場そのものを押さえた、メディアによるものでは唯一の映像だった。一方で同事件は、多くの市民がデジカメや携帯で撮影した写真と映像が多く流通した。受賞した場合、メディアによる「速報」とは何か、をさらに考えるきっかけにもなろう。
 次点というより、ほぼ筆頭候補と思うのが、西日本の写真連載「安らぎのありか 福岡乳児院で」。事情の複雑さやデリケートさから、あまりカメラが入ることがない乳児院とそこにかかわる子どもや親たちを、ていねいに伝えた。印象的な写真と深い取材ならではの記事はすべて写真部によるもので、社会部などの経験が豊富なキャップと中堅部員の計2人が担当した。先の作品にかかわるが、カメラとネットの進化で、確実な写真と映像をいち早く報じるという従来の報道カメラマンの存在が揺らぐ中、これからの時代に「写真記者」が何をすべきか、多くのヒントが今作品には込められている。
 中国・四川大地震では新聞・通信4社、放送1社がエントリー。読売と共同が先行するか。遺体に黙とうする日本の援助隊や避難するパンダを的確にとらえた日経も評価したい。
 党首会談の現場を超望遠レンズで押さえたテレビ朝日の「自民・民主大連立か? 福田・小沢党首会談をスクープ撮影」は、念入りに「そのとき」を狙い準備を進めた努力に拍手。

 企画部門の筆頭候補は、朝日の連載「戦争と報道」。個人的に、欠かさず読んでいた作品だ。なぜメディアが権力と時代に屈し、この国を破綻まで追い詰めたのか。膨大な資料から拡散しつつあった事実を再び浮き上がらせるだけでなく、存命するかつての記者など多くの「個人」の経験や思いをていねいにすくいとり、さまざまな視点から変節と破滅の道を紹介した。記者たちだけでなく受け手にも読んでほしい、現代への警告の書ともいえる。
 次点は、熊本日日の「『ゆりかご』が問うもの 赤ちゃんポストの衝撃」。表層的な賛否が「よそ」で繰り広げられ、やがて見て見ぬふりをされてしまった感さえある「赤ちゃんポスト」を、地元紙の熊本日日はさまざまな立場から見つめ報じ続けている。地元メディアならではの濃密な取材は子育てや命にとどまらず、社会をどう考えるかを一人ひとりに問うている。
 NHKスペシャルの「シリーズ『最強ウイルス』」は、ドラマとドキュメントの二方向から新型インフルエンザの脅威と現在の備えの不十分さを効果的に訴えた、映像メディアならではの力作。これまでに他局でも行われているが、報道部門が中心となりドラマ形式で問題を提起する手法がさらに広がると、「絵」至上主義の現在のテレビ報道を少しでも変えられるのでは。その期待を込め、本作も推したい。

 受賞作は9月3日に決まる。

 ちなみにスクープといえば、3日に東京ビッグサイトで起きたエスカレーター逆走事故の様子を、NHKのカメラがとらえていた。重なり合って倒れたり機転を利かし横方向へ脱出したりする人たちを、全体を把握しやすい位置から撮影していた。どこにでもあるエスカレーターが突如故障したらどんな大事故になるのか、的確に伝えたこの映像も協会賞の候補に値する。

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2008.08.02

「記者魂 キミは社会部記者を見たか」

 東京新聞(中日新聞東京本社)のベテラン記者の一冊。エース事件記者の、駆け出し時代からの体験が生き生きと描かれている。

 苦闘を繰り返しながら記者として成長する過程、社会を震撼させた事件や事故の「現場」、個性的な仲間たちの姿、文字を追うごとに胸がざわつくスクープへの道のり…。淡々と、平易に書いてあるからこそ説得力がある。時代とともに職業観は変化するからすべてを「いま」に当てはめることはできないけれど、記者とはどんな仕事なのかがよく分かる一冊だと、僕は思う。
 また、新聞記者は支局の警察担当からスタートすることがほとんどだが、入社前の理想とサツ回りの日々という現実にギャップを覚え仕事に失望し、退職する人も少なくないのが実態。サツ回りについて詳しく記したこの本は、記者を目指す人にこそ読んでほしい。もっとも、「得難い経験」は数年たつまでは「二度と見たくない悪夢」だし、本にあるように大事件を追いかけることはごく少数派で、「窃盗容疑の男を再逮捕へ」レベルの記事の抜き抜かれに一喜一憂するのが大半。体で味わうリアルはその時点ではほぼ救いがない、という点を考慮しないと事故のもとになるかも。
 また、支局長として率いた近年の若い記者や女性記者の奮闘ぶりも要注目。やっぱ中日ってタフな人が多いなぁ。

 印象に残ったのは、1980年にあった一億円拾得事件のくだり。子供会の資金のために段ボールなどを拾っていた男性が東京・銀座で現金一億円を拾った、という有名な出来事だ。
 拾得から半年後に一億円を手に入れることになる男性の自宅には連日、「金を俺にも半分よこせ」「お前を許さん、殺す」といった嫌がらせや脅迫の電話が相次いだ。男性と親しくなった筆者が家に上げられると、そのような電話が一時間に10件ほどかかっていたという。あるとき、恐怖におびえ電話に耐えられなくなった男性の代わりに筆者が受話器を取ると、「『ぶっ殺す』などとドスのきいた男の声」が返ってきたという。
 名前も顔も出さずに誰かを陰湿かつ卑劣な手段で傷付ける悪質さは、ネット時代のいまと何ら変わりない。28年前にはすでに「モラル崩壊」が起きていたというべきか、「モラル崩壊」はこの時代特有のものではない、というべきか。少なくとも「最近はモラルの低下が進み-」という説教用の枕詞がさらにうさんくさくなった。

 また、小学生女児が年下の女児をマンション屋上から突き落とし死なせた事件、6人死亡14人負傷の新宿バス放火事件、女性と幼児計4人が刺殺された東京・深川通り魔事件など、「世も末」と思える「ショッキング」な事件が同時代に発生している。社会が、これらの事件から何かを学び蓄積させるだけの能力と意思があり、四十九日を節目に過去にするような怠慢を許さないのであれば、「心の闇」という箱に面倒ごとをすべて押し込み、同種の事件の再発におののき他人事という大前提で得意げに世を嘆く、という愚の螺旋で踊り続けることはなかったろうに。

 いまに始まったことじゃなく、見て見ぬふりを続けているだけ。そう思いながら本を閉じ、「溶けゆく日本」にやはり足なんてないことを確かめた。

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2008.07.03

真の戦略機、D700

 ニコンが新型デジタル一眼レフカメラ「D700」を発表した。
 実機の使用雑感は、凄まじいものを出した、の一言。ボディこそD300に近いが、写真は高感度も含めD3と何ら変わりない。まったくD3と変わらないじゃないかと、思ったものの、コンパクトなボディで確実な撮影ができることに、驚きを抱いた。参りました。
 D3のメリットはもはや、耐久性と秒9コマ(クロップで11コマ)の高速撮影くらい。これらは過酷な条件で使う報道など業務用に限り求められるものに過ぎず、常識的な使い方が中心の一般ユーザーには不要。むしろD700の最大秒8コマは、プロ向けでも十分な性能だ。ただ、縦位置グリップをつけるとD3よりも重く、機動力には難がある。個人的には必ず購入するが、D3が行き渡った報道にはあまり影響を与えないだろう。
 もちろんこれは、D700のメーンターゲットを一般ユーザーに絞ったから無理もない。むしろ、EOS5Dを有するキヤノンの独壇場だった、手軽にフルサイズを楽しみたい層に殴り込みをかけた点で、歴史的瞬間と評することができる。5Dの後継機が長く期待されていたにもかかわらずニコンに先手を打たれたキヤノンは、よほどの自信作で後を追う必要に迫られる。
 とはいえ、D700をフルに使うためには高性能レンズが不可欠。24―70は必須になるし、広角には12―24までいかなくても、17―35は欲しいところ。撮影システムの整備にはかなりの投資が必要になる。
 DXフォーマットの存在意義が揺らぎそうだが、コンパクト化はDXの最大の利点。どう使い、何を撮るかで「二つの道」を選んでもいい。もちろん、両方を突き進むのもあり。僕は後者を選ぶ。

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