2007.02.02

「それでもアナタはやっている」

 痴漢えん罪事件が題材の映画「それでもボクはやっていない」が全国公開されている。公開前の試写会で、主人公の被告が有罪か無罪かを観客に問う投票があった。約2万1千人のうち、無罪としたのは約94%だったという。
 公開直前のデイリースポーツによると、映画を制作した周防正行監督が「この数字を見ると2009年から始まる裁判員制度の方が今の職業裁判官よりは安心できますよ」と語っている。
 映画制作のきっかけは、実際にあった数々の裁判の進め方に不信感を持ったためで、取材もかなり重ねている。おそらくは、裁判員制度も踏まえての作品に仕上げたのだろう。

 でも、監督がこのような強い意向を持った上で「えん罪」をテーマにすれば、94%という数字が出るのは当然だろう。プロモーション映像を見る限りでも、日本の捜査と裁判のあり方はおかしい、と前提にしていることが分かる。「無実の罪」を着せられた被告に寄り添う姿勢が明らかである以上、有罪と判断する観客が例外になるのは必然といえる。

 裁判員制度に肯定的なベテラン弁護士の話を聞いたことがある。その人は制度の意義について「市民感覚の反映で、えん罪をなくすことが期待できる」と話していた。
 でもこの映画は、原告と被告が事実を積み重ねる作業である裁判そのものより、被告を主人公とした「物語」を重視している。裁判員制度を導入した後の司法の場では、こういう「物語」が重視される可能性があるが、それこそ、えん罪を含めた誤審の原因になりかねない。

 そんな中、裁判員制度開始に併せ、重大事件の審理で犯罪被害者などが被告に直接質問できるようになることが、決まった。
 捜査と司法のあり方を改める必要があると考えるが、直すべきは、密室での見込み捜査や過度の前例踏襲のはず。けれどもこれらの点が改善されないまま、審理の簡略化・スピード化・明確化に偏った「司法改革」が進む。事実を追究せず、検察と弁護側が心に訴えかける良質なシナリオと正義を競う「劇場」は、法廷の姿としてはふさわしくなく、危ないと思う。

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教育改革に基づくなら、厚労相は出席停止でしょう

 柳沢伯夫厚生労働相による「失言」が国会運営に重大な影響を与えている。政府は、相次ぐ大臣辞任に歯止めをかけようと必死だが、自民党からも主に参院から辞任による幕引きを求める声が出ている。女性支持者が強い力を持つ公明党は参院選を控えて微妙な立場をとっている。

 柳沢氏は「イメージを分かりやすくするために子供を産み出す装置という言葉を使った」と共同通信の取材に応じたというが、問題の講演中には「機械って言っちゃ申し訳ないけど」「機械って言ってごめんなさいね」と釈明しながら、「産む機械、装置」との例えを強行している。
 真っ先に女性蔑視が指摘されるが、柳沢氏の発言はそれ以前の問題と感じる。取材への返答を踏まえるなら、「機械、装置」という言葉でなければ聴衆は少子化をイメージできない、と厚労相が考えていることになるからだ。機械と装置に例えなければ少子化をイメージできないほど、有権者は馬鹿ではない。

 柳沢氏は有権者の程度を低く見ている。厚生労働省のトップである前に、有権者から選ばれた代表者としても失格だ。
 首相などは「すぐに釈明し、その後も深く謝罪している」と擁護しているが、「失言」してもすぐ釈明すれば問題なし、と考えるのはいいかげん過ぎる。「心と名誉を傷付けても謝ればいい」との発想があるとすれば、たとえば教育改革を進める人間としても不適格だ。いじめをした児童・生徒を出席停止にしようと考えるなら、柳沢氏も「出席停止」にするのが筋のはず。柳沢氏をかばう首相などもいじめを黙認したことになり、責任は重い。まさか、謝罪して職務を全うすることも「再チャレンジ」か?
 産経新聞の2月1日付朝刊コラム「産経抄」は、投書欄への女性の手紙から「もっと前向きで具体的な少子化対策を早急に進めないと、日本の国力が低下していく」と主張している。こういうダメ大臣に辞めていただくことが、前向きで具体的な行動と思うのだけど。

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2006.12.02

地上デジタル放送は近未来の通信ですか?

 地上デジタル放送が1日、全ての都道府県で始まった。同日は「地上デジタルの日」とされ、NHKと民放各局のアナウンサー、有名タレント、首相などが記念式典に出席した。まるでメディアの祭りだった。
 画質と音声が良くなり、データ放送が見られる、ワンセグを携帯で楽しめる……アピールというか、もはや賛辞。2011年7月には現在のアナログ放送を打ち切るが、なぜ今デジタル放送なのか、という疑問は置き去りに、「いいでしょう、便利でしょう」と満面の笑み。正直、気味が悪い。

 アナログ放送打ち切りを告知するコマーシャルがあるが、個人的に印象に残るのは、最後に出てくる「国の法令で定められています」の一文。本来の理由は、大まかに言えば電波の再編成だが、それを説明せずに「楽しくて便利になるから」「国が決めたから」に終始するのは、ユーザーであり納税者である国民を馬鹿にしているように思う。「どうせ詳しく説明しても理解できないんだから、『テレビがきれいになりますよ』『法律で決まったんですよ』と言っとけばいいんだよ」とでも思ってたら、嫌だな。

 視聴者というか国民の関心と問題は、テレビがきれいで便利になるかではなく、いくら金がかかるのか、ということ。総務省と放送局は、なぜハッキリと「新しいテレビやチューナーを自腹で買う必要があります」とか「山間の難視聴地域で世帯数が少ない場所は、共聴施設を新たに整備しないといけません。あ、僕らの財布には限界があるから、みなさんでお金出し合ってアンテナ建ててください」と言わないのだろう。ひと言も「お金を出してください」と言わないのは、詐欺の手口に似ている。

 IP電話事業をうたい多額の投資金を集めた「近未来通信」が袋だたきにあっている。ある週刊誌によると、投資家向けの説明会はテンションばかりが高く、最後になってようやくカネの話が出てきたという。
 説明不足なのにハイテンションのお祭り騒ぎ、そしてカネの話はごにょごにょと…。5年後という近未来に始まる情報通信というわけだから、地デジとは近未来通信である、と強引にまとめよう。みなさーん、詐欺に気を付けて!

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【レコード大賞】今回も政治的予想

 二年連続で外れたが、今年も懲りずにレコード大賞を予想する。今回はマジで当てるぞ!

 まずは、1日に発表された、今年の金賞と要件を。

 「一剣」(氷川きよし)
 「Winter Love」(BoA)
 「気分上々↑↑」(mihimaru GT)
 「君という名の翼」(コブクロ)
 「熊野古道」(水森かおり)
 「ブギウギ66」(w-inds.)
 「Fly High」(中ノ森BAND)
 「ボクノート」(スキマスイッチ)
 「夢のうた」(倖田來未)
 「恋愛写真」(大塚愛)
 「作曲、編曲、作詩を通じて芸術性、独創性、企画性が顕著な作品とする。優れた歌唱によって活かされた作品で大衆の強い支持を得た上、その年度を強く反映・代表したと認められた作品に贈る」

 予想の前にひとこと。
 …だからさあ、エイベックスとヴィジョンファクトリー行政はやめろよ。いろいろとあり方を変え、少しはメンツがまともに見えるようになったが、「恣意的」な根幹は何も変わってない。たとえば金賞の常連w-inds.は「大衆の強い支持を得、芸術性、独創性に優れ、その年度を反映したと認められ」ているのか? もしかしてヴィジョンファクトリーをシカトすると、審査員たち自宅や勤務先に銃弾が撃ち込まれたり、街宣車が押し寄せるのか? やっとこさLeadが消えたかと思ったら、今度は中ノ森BAND。やれやれ…。

 それでは、予想。
 大賞は、氷川きよし。2001年から連続で金賞を受賞し、常に大賞の有力候補とされながらも苦杯をなめてきたことを考慮し、「もうあげてもいいんじゃないの?」という力が働くのでは、と考えている。
 最優秀歌唱賞は、氷川の大賞獲得に伴い、ほぼ自動的にエイベックス枠が適用されるだろうから、倖田來未。この二人は、揺るがない。
 (追記)レコード大賞と同じく、TBSが放送する日本有線大賞の動向も付け加える。今年の有線大賞で氷川は倖田に破れ、史上初となる4年連続の大賞受賞を逃してしまった。4年連続という念願の「花」を持たせない理由はどこにあるのか。代わりにもっと立派な「花」が用意されているのでは、と考える。したがって、レコード大賞は氷川、最優秀歌唱賞は倖田で200%決まったぁっ。(追記終わり)

 次に最優秀新人賞。候補と要件は以下の通り。

 絢香
 SunSet Swish
 山本あき
 WaT
 「対象年度内においてはじめて顕著な活動をし、大衆に支持され、将来性を認められた『新人賞』の受賞者の中から、最も優秀と認められた歌手に贈る」

 …これは難しい。順当に考えれば、天下のバーニングプロダクション直属のWaTしかあり得ない。だが、絢香もほぼ横一線。キャスティング面でドラマ制作には不可欠とされる大手事務所の研音所属で、今年のTBS系ドラマとしては比較的高視聴率を獲得した「輪舞曲(ロンド)」の主題歌を歌いブレイク。人気、事務所の影響力、TBSへの貢献度とも申し分ない。
 とはいえ、WaTはTBSが放映した世界バレーの「オフィシャルサポーター」を務めたばかり。TBSへの出演はほかにも多く、セールス成績も十分だから、先に挙げた「政治的要素」も加わるとなれば、やはりWaT以外の選択肢はない。
 (追記)絢香は、日本有線大賞の最優秀新人賞を得た。TBSはこれで研音の顔を立てた、と僕は見ている。WaTのレコード大賞最優秀新人賞は200%確定した。(追記終わり)

 今年はかなり自信あり。というか、これ以外の結果は「レコード大賞」という環境下ではまず発生しない。外れたら…、……、………、…………、坊主にする。
 それにしても、大晦日から1日前倒ししても、この体たらく。バーニング系と北島三郎事務所に支配され、世間から見放された大賞は、50回という節目になる2008年に終わるように思う。ていうか、終わってね(はぁと)。

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2006.08.16

「心の問題」を治す薬

Photo68
 ブロッコリーが嫌いだ。モゴモゴとした触感と緑の粒が口中にまとわりつく感覚、とらえようのない味が、どうも好きになれない。キウイフルーツも大嫌い。小学校の給食に出たものを食べて吐き気と頭痛に襲われて以来、体が受け付けない。ケーキなどに添えられているものは飲み込んでやり過ごす。「ゼスプリゴールド」のCMで蛯原友里さんが美味しそうにキウイを食べるのを見ると「すごいなあ」と思えてしまう。口にしたくないものはこの二つ。たいていのものは食べられる。
 好きな食べ物は、ウニ、イクラ、トロ、カニ、牛肉全般、チャーハン、麻婆豆腐、小龍包、カレーライス、激辛スナック菓子、炭酸飲料…挙げればきりがない。毎週これらが食卓に繰り返し乗ることになっても困らない、というかうれしい。
 けれども、好きなものだけ食べていたら好き嫌いが激しくなるし、高タンパク高カロリーの食事を続けていたら、栄養バランスがひどく偏り健康を損ねることは、誰もが知っている。だからこそ世の親たちは子どもらに「好き嫌いしないで野菜もしっかり食べなさい」と教え、おっくうな現代人もサプリメントを飲んで栄養バランスに配慮している。

 ところが、思想と知識については、そうでもない。心つまり脳みそが取り込むものについては、多くの人が明確な好き嫌いを持ち、バランスが偏っている。そしてよほどのことがない限り、好き嫌いは治らない。

 第一党の総裁選挙の直前、かつての特攻隊基地を見学して涙を流した人がいた。この人は昨日、神社と称するある施設を訪れた。憲法違反を指摘されると、憲法第20条3項に何ら触れず、19条を引き合いに「思想及び良心の自由。心の問題だ」と反論した。
 きっと、60歳にもなって初めて知覧で学んだことをいたく気に入ったのだろう。そして遺族会票を得るために公約とした「8・15参拝」の「おいしさ」にも気付いた。「敵」や「争点」を設定する手法は特に美味に感じたらしい。逆に、橋本派や郵政官僚など、もともとこの人は嫌いなものが多かったが、その後は中韓とメディアも嫌いになった。好き嫌いが激しく、治る見込みはない。

 「内政干渉に屈することなく参拝してよかった」。この人がここ数日得意としているワンフレーズを真似する人たちが、街頭インタビューに目立った。憲法と戦争責任のほか、既成事実を政治的に積み重ねてきた「神社」の歴史と体質といった、渋く苦く、摂取するのに時間と労力がかかるものにはそっぽを向き、甘いお菓子をほおばる人が増えている。
 けれども、この人たちが目をそらしている渋く苦いものは、この国の人間が自分の手で必ず飲み込まなければならない薬。61年間、「まだ飲まなくていいよ」と自分に言い聞かせて、食卓の脇に置き去りにしてきた薬だ。時間が経ち過ぎてしまったから、飲むのはとても大変になるはず。でも、大人の好き嫌いは見苦しいだけでなく、いつか必ず頭と心を病むことになる。
 つまり、「心問題」。

<注>「内政干渉」の実態は、求心力と支持率低下にあえぐ外国政府の延命策に過ぎない。8・15参拝にも関わらず、大規模デモが近隣諸国で自然発生しなかったこともそれを示している。参拝賛成・反対双方とも中韓の存在に神経質にならず、我が国で61年間手つかずだった多くの「問題」の解決に専念することが「国益」になるだろうと、個人的に考えている。

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2006.08.04

亀田のハンバーガー代はだれが支払ったの?

 「この不満をどこにぶつけたらいいのか」「いくらなんでもあの判定はないだろ。八百長であることを報道してくれ」
 僕は直接受けていないが、勤務先を含む全国の新聞社にこんな電話が相次いだ。もちろん、2日に横浜で行われた世界ボクシング協会(WBA)ライトフライ級王座決定戦をテレビ観戦した人たちからだ。主催者同然の立場で試合を放映したTBSには、電話とメールを合わせて約4万件の抗議などが寄せられたという。「物議を醸す」というより、ほぼ一方的に憤怒がわき起こっている。

 ボクシングという競技のことはほとんど知らないし、ボクシング界という分野がどんなものかも詳しく知らないので、試合の是非については論評できない。「判定勝ち」の瞬間、どでかい利権に食らい付いた何者かに向かい「恥ずかしくないのか」と声を上げた、ということは書き記すけれど。ていうか、ほとんどCMを独占していたパチンコメーカーと初耳の人材派遣会社、あれは何者? どういうつながりでドル箱に食い込めたのか。

 強く興味を持ったのは、冒頭に書いたように、国内の各メディアに数万件の電話がかかってきたということ。この「数万件」は、多いのか、少ないのか。もしインターネットがなかったら、この数はどう変わっただろう。
 掲示板とブログはこの話題で祭りのような状態になっているし、ニュースサイトではアクセスが多い記事の上位を試合関係のものが占めている。
 単純に考えると、自分の思いを表明できるネットがあるから電話の数は減った、といえる。でも一方で、「世論」が何であるかを把握でき、考えと自信を補強できるネットがあるために電話の数は増えたかもしれない。抗議電話とネットとの相関関係を調べると、面白いと思う。

 以下余談。
 「ボクシング界は大きな禍根を残したが、亀田自身には罪はない」というスタンスの意見が多く見られる。でもそれでは「亀田はスポーツマンとしてしっかり戦っただけなんだから、責められるべきはジムや放送局など騒ぎまくった周りの連中だけ」と解釈できる。僕は同意しない。いろんな人や組織が巨大な舞台を築いて祭りを開いたのは確かだが、亀田選手(とその家族)も、明らかに自分の意志でステージで踊りまくったのだから。
 コウキ君、後になって「昔悪ぶってたのは、周りからああせえこうせえ言われてやってただけですわ。ほんまはあんな作られたキャラなんて演じたくなかったんやけど、みんなようけ喜んどったし話題にもなったし、なんか引くに引けなくなって……ほんますんませんでした」なんて言わないように。すでに大人なんだからね。
 あと、まったくどうでもいいけど、あのハンバーガーのお金はだれが払ったの? TBS? ジム? 協会長? 京楽産業? 朝青龍? それともWBAからの贈り物? 亀田さん、もし自分で払ったのならメールで教えてください。お待ちしています。

 さらに余談。
 各メディアともストレートな批評が多かったが、もっとも「行間」を読ませると個人的に感じたのは時事通信が配信したもの。以下に本文を引用する。

*   *   *   *

 最後まで立っていたことへの報酬が世界のベルトだったとしたら、その価値は落ちたものだ。記者会見場に入ってきた亀田の第一声は、「くそ、悔しい。地に足がついていなかった」。敗者の弁のように聞こえた。
 1回、不用意に左を振ったところに痛烈な右フックを浴びてダウン。「ダウンは初めて。正直、びっくりした」とゴングに救われた場面を振り返った。中盤、左ストレートを当て挽回を図ったものの、硬い。ショートパンチの打ち方、コンビネーション、防御のいずれも相手が上。11回はクリンチで逃れるのがやっと。最終12回もいいように打たれたのだから、「不細工な試合をしてすみません」とファンに頭を下げざるを得なかった。
 陣営がくみしやすい対戦相手を選ぶのはボクシング界の伝統的な手法で、亀田に限ったことではない。王座の可能性を求めて階級を上げ下げするのもリング外の戦術の一部。ただし、この2-1の判定結果を合理的に説明できる者はいない。人気低迷のボクシング界を活性化させるはずの救世主が、ややもするとこの世界の致命傷にもなりかねない。
 実は聡明な長兄はよく分かっているのではないか。「これで練習するところが見つかった。まだ19歳で12戦目。まだまだ強くなるよ」と誓う。人気があるのは幸せに違いない。ただ、「つくられた王者」といった批判を払しょくするまでには長く険しい道が待ち受ける。周囲の狂騒ぶりに冷や水を浴びせた一戦だった。

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2006.07.21

しあわせはじぶんのこころがきめる。では、歴史は何が決める?

Photo72 だれもが、譲れない考えや思いをいくばくか持っていて、多くの場合、それらを「信じる」ようになると滅多なことでは変えようとしなくなる。好きな芸能人のゴシップや不祥事に「そんなのはウソだ」と否定するファンは少なくないし、本土の制海権と制空権が奪われた状態であっても勝利だけを目指していた人たちが、この国にかつていた。一方で人は、信じるものを補強する材料を懸命に取り込もうとする。好き嫌いや都合の良し悪し、損得をふまえて言葉や「事実」を吸収し、あるいは「これは謀略で嘘っぱちだ」と激しく拒絶する。一つしか存在しないはずの「事実」でさえ、信念や思想、つまり「心」によって何種類にも増える。

 20日付日本経済新聞の「スクープ」を受け、翌日付の新聞各紙の社説はばらけた。A級戦犯合祀に否定的な社は「それが私の心だ」を社論正当化の言質にし、合祀に賛成の立場の社は、「不快感を示していた」とメモから読み取ろうとする姿勢が感じられなかった。言質にするにせよ、メモから「不快感」を読み取ることに冷淡であっても、どちらもそれこそ「心」の問題なのだろう。

 個人的には、今回の件をめぐるさまざまな論が、時代が分からなくなるほどあまりに天皇中心主義なことに驚いた。同時に、左右どちらからも陛下に対する「敬意」が、かけらも読み取れなかった。あるのは「利用」の概念だけ。
 伝統的な右派、左派は今回の件を、自分たちの正当性をかけた天王山と位置付けるだろう。けれども、熱心になればなるほど足場と意見が大きくずれ、左右どちらも破綻する可能性がある。もし陛下の「言葉」が従来型のイデオロギーを自滅に追い込むとすれば、すさまじい皮肉だ。
 もっとも、今回の「メモ」にせよ靖国神社に対する「解釈」にせよ、「昭和天皇もおっしゃってるように、結局のところ心の問題なんですよ。人生いろいろ、心もいろいろ」といったポップな雰囲気で決着されてしまう、というのが濃厚では。これが一番、歴史上の事実を追究する姿勢をばかにした発想だと思う。

 <追記>
 今回のメモから導き出される解釈の一つに、「昭和天皇は、A級戦犯が合祀されなければ靖国神社を参拝した。つまり、昭和天皇自身は靖国神社そのものを否定してはいない」というものもある。この場合、昭和天皇が靖国神社をどう解釈していたのかが問われる。またそこで大論争が起きるだろう。

 <さらに追記>
 今回のメモをめぐる反応の構図、何かに似ているなあと考えていたら、あった。
 「暴れん坊将軍」
 ドラマの終盤、悪代官は吉宗に「余の顔を忘れたか」と問われ、いったんは大あわてで頭を地面にこすりつける。だが悪事の数々を糾弾されると「上様の名をかたる不届きもの! 皆のもの、であえ、であえ!」と逆ギレする。
 ひれ伏しているのは、従来型の合祀反対派か。上様を否定し殺害しようとするのは、メモを不当だとする陰謀論者あたりがぴったりかも。
 みなさんご存じの通り、ドラマでは悪代官は必ず成敗される。

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2006.06.22

間違いのワケ

 また裁判のことで妻と話し合いになり、「死刑には反対なの?」と問われた。一般的な「賛成」あるいは「反対」の立場には立っていない、と僕は思っている。「合法的でも人を殺すなら、慎重にしなくちゃ」と答えた。

 司法に対するいわゆる国民感情を自分なりに解釈すると、「わかりやすさ」「早さ」「厳罰化」を求める声が強くなっているように感じる。裏を返せば、従来の裁判のイメージは「時間がとにかくかかって、難しいことばかりでよく分からなくて、それなのに人でなしの凶悪犯が生き長らえるなんておかしいよ」といったところか。

 司法の姿は、国民感情にかなり「配慮」したものに変わりつつある。
 昨年11月、刑事訴訟法が改正され「公判前整理手続き」が導入された。初公判の前に争点を絞り込むため、判決までの期間が大幅に短縮できる。広島市の女子児童殺害事件の裁判でも適用され、初公判から結審までわずか1カ月と、重大事件としてはまれなスピード結審となった。
 この公判前整理手続きは、3年後までに始まる裁判員制度の「土台」となる。裁判員制度は、20歳以上の有権者が対象で、地方裁判所で審理される殺人など重大事件の罪を判断する。専門家ではない人が裁判に参加するためには、争点を絞る手続きなどで「分かりやすくする」ことが欠かせない、とされる。
 そして先日、直接判断を下すことはなかったものの、最高裁はこれまでの死刑適用の基準を大きく変えた。「極悪人には極刑を」という流れは、たぶん加速する。そしてこの流れは、一般的な「死刑賛成派」の意見と重なる部分が少なくないように思える。

 究極的な刑である死刑を廃止するのは、ナンセンスだと考える。児童殺傷事件の犯人の死刑までの言動など、「極刑」としての効果がどれほどあるのか疑問に感じるケースもあるが、死刑を廃止しなければならない決定的な理由を、僕は見つけられない。
 けれども、「わかりやすさ」「早さ」「厳罰化」が裁判員制度の開始で予想以上に加速し、極刑が相次ぐのではと不安に思う。裁判に時間がかかりすぎるのは改善すべきと思うけれど、人を裁くという、ミスが絶対に許されない行為だからこそ時間はかかるし、議論は専門家が知識と経験を駆使して行う。「ちゃちゃっといこうよ」という姿勢は厳禁だ。
 死刑は存続すべき、と思う。でも、もし死刑という判断に至る可能性があるのなら、ミスを絶対に防ぐための努力を欠かしてほしくない、と同時に思う。
 裁判は人が行う。人は時に間違う。でも裁判に間違いは許されない。本来なら裁かれるべき事実を犯した人間の量刑が軽くなり、逆に事実とは異なる行為で命を奪われるようなことは、あったらとても困る。絶対ダメ。
 人は、急いだり、慣れたり、知識が不十分だったり、自信がふくらみすぎたりしたときに、過失を犯す。このことは、歴史の教科書やテレビニュースなんかですぐ分かる。でも、人間から間違いはいっこうになくならない。これを忘れるとよくない、と思う。

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2006.06.02

「共謀罪」成立見送りへ

 与党が「共謀罪」を含む組織犯罪処罰法改正案の、今国会での成立を断念した。一時は、民主党案を「丸呑み」する方針を固めていたが、成立後に修正しようとする狙いがあまりに明白で、民主党は審議を拒否した。前代表だったら「勝った勝った! 自民に一泡吹かせたぞ!」とすぐ飛びついていたのでは。

 小泉政権下での成立は、たぶんなくなった。次の首相が成立を目指すのだろう。主体性に欠けた若き人気者、情報戦に長けたベテラン、べらんめえ口調のおぼっちゃま、経験と教養はあるがいかんせん地味なエリート。もっとも危険なのは、経験と政策決定力のなさから法務官僚の言いなりになってしまうそうな人気者か。
 政府にとっての共謀罪とは、あくまで政府・与党案しかあり得ない。だとすれば、たとえ代替案から始まるとしても、共謀罪そのものを強く否定しなければならない。前国会に続き難を逃れたが、まだまわ終わっていない。気を引き締めなければ。

 ちなみに以前のエントリで
 <共謀罪、教育基本法改正など実現すればトップ候補のニュースも、たとえば耐震強度偽装事件の「新たな進展」や有名投資ファンドの代表ら著名人の逮捕、多数が犠牲になる事件事故など、映像になりやすく誰もがある程度関心を持つ分かりやすい超A級の出来事が起きれば、途端にかすむ>
と書いた。
 東京地検特捜部が村上ファンドを捜査している、との情報。まさかとは思うけど、それにしては露骨過ぎやしないか。「踊る新聞屋-。」さんは、メディア各社の速報が絶妙な時間で並んでいることを紹介している。抜きネタかと思ったら事実上の発表だった、とか?
 ちなみに上記の下線部は、まったくのでたらめのつもりだった。

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2006.05.21

ミスディレクション

Photo65 一年弱という短い期間だけど、マジシャンだったことがある。トランプなど身近な物を使うテーブルマジックだけでなく、ステージに立っての手品も演じた。
 舞台やテレビでは華やかで楽しげな世界も、裏側は全くの体育会系だった。
 奇術師に、失敗は許されない。僕が何らかの技術で失敗し種を明かしてしまい、多くの観客がトリックを見破ってしまったとする。観客は二度と同じ手口に引っかからなくなり、他人の演技を見ても「あれはこうするんだよね」と、冷めた目で手品を見るようになる。手品からミステリアスさを取ってしまえば何も残らない。たった一人の失敗が、想像以上に手品の世界そのものを傷つけるのだ。
 だから、人前で絶対にミスをしないように、マジシャンはひたすら練習する。僕も、たった一日の舞台のために最低でも一カ月、毎日ぶっ続けで練習した。

 技術はさほど伸びなかったが、いかに人間の意識が外からの影響と力にもろいか、という一種の「思想」を奇術から学ぶことができた。

 鳩が空中から自然に発生するわけがないし、燃え尽きた一万円札が元に戻るはずがない。もちろん、人体が真っ二つになっても全然平気、なんてことは絶対ない。死ぬからマジで。
 すべての現象には、論理と物理に基づいた原因と過程が、必ずある。そして多くの場合、人が何かを起こす。けれども、奇術師がそれをやると、当たり前のことがどういうわけか「奇跡」や「魔法」に変身する。

 手品の多くを成り立たせる技術・発想が「ミスディレクション」だ。具体的な手口は言えないので簡単な例えを。

 ・街を歩いていて後ろから「キー、ドグワッチャァァン!」と車か何かが衝突したような大音響が聞こえたとする。あなたは必ず振り向く。
 ・友人とファッション雑誌を読んでいて、「ねえねえ、このセミショルダーめっちゃかわいくない?」とページの一点を指で示された。あなたは少し興味がわいていた反対側のページのフラワートートから必ず目を離す。
 ・午後の世界史の授業。教師が黒板全体に何かを書いているが、眠くて頭に入らずペンも動かない。不意に教師がこちら側を向いて口を開く。「はーいここ大事、テストに出ますよ。すぐ消すから早く写してください」。あなたはピンクのチョークで強調線を引かれた部分を大急ぎでノートに書き込む。でもそれ以外の部分は「テストに出ない」と判断して学習しない。

 …と、こんな感じ。要は「誘導」。
 あなたが思うよりもずっと簡単に、人は関心や視線を引き付けられたり指示に従ったりし、思うよりもずっと視野が狭くなりたやすく思い込みをしてしまう。

 ニュースも同じことのように思う。共謀罪、教育基本法改正など実現すればトップ候補のニュースも、たとえば耐震強度偽装事件の「新たな進展」や有名投資ファンドの代表ら著名人の逮捕、多数が犠牲になる事件事故など、映像になりやすく誰もがある程度関心を持つ分かりやすい超A級の出来事が起きれば、途端にかすむ。
 ニュースに接するときは、ミスディレクションをときどき思い出してみるのはどうでしょう。

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2006.05.16

教育? 違うでしょ

Photo54
 コンビニで週刊誌をめくると、スパルタ式ヨット訓練で生徒2人が死亡し、2人がフェリーから飛び降りて行方不明になったことで実刑判決を受け、このほど刑期を終えて出所したヨットスクール校長が一文を寄せていた。最近はテレビにも再び出始めている。

 校長が貫く「体罰は教育」には、賛否両論がある。決して一概には言えないので、今回は「体罰」全般の是非は考えない。
 問題なのは、「教育者」を自認しているであろう彼の「教育」が4人の死者・行方不明を出し、最高裁が体罰を否定したという事実があるのに、世間のある部分が(すべて本心であるかは別にして)彼をまだ「教育者」とみなしていることだ。

 情緒障害児の「教育」が容易でないことは無視しないが、死に至らしめる行為を教育とは呼べない。4人の死者・行方不明は、校長が本来の「教育」の目的からかけ離れた行為の結果だ。少なくとも「行き過ぎ」というある種の誤差としては、数字が大きすぎる。仮に「治療」と「矯正」だったと百歩譲っても、重大ミスが多すぎる。
 また、1997年に校長らに実刑判決を言い渡した当時の名古屋高裁裁判長が「人権を無視した暴力行為について反省の声が聞かれない」と指弾したように、校長らは自分の過失を認めようとも改善しようともせず、現在もこれまでと変わらない主張をしている。生徒を死亡させた「教育」に疑問を持たない姿勢からは、教育者の資質以前に人間性の危うさが明確に表れている。執行猶予がつかなかったことは、それを示す。

 校長らのやったことは、「被告らの訓練が許される余地はなく、人権を無視し教育も治療もない」と断罪され、最高裁は上告を退けた。校長らのやったことは傷害致死という重大犯罪であり、教育ではない。
 彼がタレントなのか一言居士なのか、何者であるかはよく分からない。でも、教育者でないことは確かと言える。

 もし、校長の「教育」をある程度支持する人がいたとするなら、「あなたは年に生徒1人が死んだりフェリーから飛び降りたりする学校に入りたいですか。我が子を入れたいですか」と問いたい。たとえば全校900人程度の高校であっても、毎年最低1人が「教育」の結果で命を失えば確実に大問題になる。ヨットスクールの生徒数はそれよりずっと少ないのだから、致死率の高さを考えれば異常さがはっきり分かる。

 校長を支持する人は現在も少なくない。けれども、その中に「自分のこと」と物事をとらえている人がどれだけいるだろう。逆に、「自分には直接関係ないけど、こういう若者がはびこるのは日本にとって良くないね」と他人事のように考える人がどれだけいるだろう。

 念を押したいが、情緒障害児と、引きこもりや「ニート」とを一緒にして議論するのは、あまりに迂闊だし危険だ。特にメディア。ヨットスクールに多くの訓練生を集める役割を担った過去を忘れずに、少しは賢くなってほしい。でも、あれほどキャラが立ってる存在は珍しいし絵にもなるから、生き残りたい制作会社なら飛びつくのかも。

 最後にもう一度。校長のしたことは教育でも治療でもなく、傷害致死という犯罪だった。「彼の体罰」は違法だった。議論は終わっている。

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2006.04.25

裁き 遺族の立場

 先日妻が、山口県光市の母子殺害事件の最高裁弁論のことを話してきた。「山口であった事件の裁判やってたよね」と切り出した時点で、被害者と遺族にすっかり感情移入している、ということはすぐに分かった。予想通り「弁護士は裁判出なかったんでしょ? ブログとか見てるとなんかすごくて…。でも、本当にかわいそうよね」と言葉は続いた。弁護士の対応が不誠実に思えたらしい。

 僕は「欠席した弁護士は、弁論の1カ月ほど前に交代したばかりで、『準備のためしばらく期間がほしい』と最高裁に頼んだけど、認められなかったんだ。そして弁護士は裁判を欠席して、元々予定として入っていた日弁連の模擬裁判リハーサルに出たんだよ」と話した。また、最高裁が検察側の上告を受理して弁論の期日を指定したことから、無期判決が破棄され死刑になる可能性が低くないことも伝えた。

 「僕自身は、被告は火あぶりにして足りないほどのクソ野郎だと思っている。けれども、被告人のために仕事をするのが、とにもかくにも弁護士の仕事なんだ。そして、公正な裁きを下すために検察と弁護士が事実と意見を尽くすのが、裁判という場なんだよ。もしそれが『世論』の名を借りた圧力や脅迫で崩れたら、裁判が私刑の場になりかねない。それは絶対いけないことなんだ」
 妻はある程度納得してくれたようだった。彼女は「だって、テレビでは遺族の人が『これまでの人生で最大の屈辱だ』と言っているのばかり映って、弁護士が直前に代わってたなんて全然やっていなかったんだから」と話した。弁護士の交代については伝えていたはずだが(もしやっていなかったらその局はやっつけ仕事をしていたことになる)、少なくない視聴者が遺族の怒りだけを受け止め、自分の中で燃え上がらせているのだろう。ていうか、新聞各紙にはしっかり書いている。自分の関心を引いた部分だけを脳にインプットするのはやめてほしい。

 遺族や当事者が怒りを燃え上がらせるのは当然だ。僕も、頭を下げながら舌を出していることを、被告が知人に送った手紙ではっきりと分かって以来、殺しても殺し足りない存在だと思っている。
 あの手紙の存在が明らかになっているのに、もし最高裁が判決を維持すれば、「あなたたちの目は節穴か」という猛烈な批判が司法に浴びせられるに違いない。司法のプライドを守るために、極刑という遺族らの最低限の願いはおそらく現実のものになる。個人的には、その展開を望む。

 でも、この種の出来事で必ずと言っていいほど起こる、「遺族の立場にもなってみろ」などと強引な主張には、必ずしも共感できない。
 昨年の尼崎JR事故の後、読売新聞記者がJR西日本の記者会見で「どのツラ下げて遺族を回ってるんや」などと暴言を吐いた。このことは世間の猛反発を引き起こし、読売新聞社が謝罪する事態に至った。
 僕にとっては、それと同じこと。あなたたちは遺族じゃないんだから、軽々しく「遺族」なんて言葉を出すんじゃない、ということ。
 愛しい人をむごい形で突然失った人間の気持ちは、その人でなければ分からない。仕事を通じて必死に知ろうとしたことが何度かある。悲しみ、苦しみ、痛み、空しさ、恨み、怒り、自責、後悔、愛。あらゆる感情が常に渦巻き、自分では制御できずにいる。それ自体が猛烈な苦痛。何も失っていない人間がすぐ同調できる感情では決してない。
 そういう人たちを知っている、というからではないけれど、僕たちが今のままで遺族の立場になりきれないことだけは分かっている。そして「遺族の身になってみろ」という言葉の都合の良さや乱暴さにも気付いている。少なくとも「遺族」が、名を告げず姿も見せずに脅迫じみたやり口で自分の主張を押し付けるような存在ではない、ということは確信している。

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激戦?

 衆院千葉7区補選は、かろうじてだが民主候補が勝利した。メディアは「小泉政権へ痛手」「劇場型選挙に限界」などと評している。多くの場合、どこかうれしそう。
 無理もない。与野党すべての幹部が選挙区入りし、特に自民党はいわゆる「ポスト小泉」を含めあらゆる人材を投入して必勝態勢で臨んだ。それなのに負けたのだから。7割ほど差し引いて記事に接しておこう。

 一方の民主党は、新体制での勝利に一安心といったところだ。でも、「偽メール問題」の責任を取った上で党首が「豪腕」に替わったからといって、それだけで党が強くなるわけがない。
 メール問題の構造は、根拠のない情報をでっち上げた記者と、でたらめを見抜けずに一面トップに仕立ててしまったデスクら編集幹部、のようなものと考える。民主党は個人的な問題と限定して解決にこぎ着けたが、そんな土台を育てる組織にこそ根本的な欠陥があると思う。
 で、組織が変わったかといえば、まったくそうではない。しかし今回、民主候補に投じた有権者はメール問題をチャラにして新体制に託した。これもまた「劇場型選挙」。政策論争を展開できなかった大物たちもそうだが、それを信託する立場も、本当に懲りない。学力低下?

 本来は一選挙区の補欠選挙に過ぎない。メディアは「激戦」と伝えたが、投票率は昨夏の総選挙を15・12%下回る49.63%と、有権者の意識は低調だった。激戦だから党首を含めた大物が勢揃いしたのではなく、大物が勢揃いしたから「激戦」に見えただけ、と思う。見かけは派手だが実戦とはほど遠い、陸上自衛隊の総合火力演習のようなものか。

 「大変な盛り上がりでしたが、なぜこれほどまでに?」とのキャスターの問いに、評論家の分析は「①ポスト小泉②小沢新代表③改革の行方 この3点が理由ですな」。テレビの前の老夫婦はこう突っ込む。「そんなん千葉が東京に近えからにきまっとるがのう」「あたりまえじゃ アホタレがのう」
 漫画家のいしいひさいち氏は時事漫画「PNN(ポッキリ・ニュース・ネットワーク)」でそう皮肉っている。

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2006.01.14

帰国報道 もう一つの世界

 交際中の女優矢田亜希子と歌手押尾学が12日、滞在先の米ロサンゼルスから帰国した。

 13日付スポーツ各紙が報じている。多少の差はあれ、矢田が報道陣と激突したと勘違いした押尾が報道陣にすごんだ場面を、重要なマテリアルとして扱っている。

 「報道陣とぶつかったと勘違いした押尾が、振り向きざま『おいっ、気を付けろよ』と周囲にすごみ『ちっ』と舌打ちするシーンもあった」(日刊)
 「逆に押尾は報道陣を見下すような目線でにらみつけた」「空港関係者が誘導した道筋を無視し、押尾が矢田の手を引いて歩いた。報道陣から『旅行はどうでした?』『結婚は?』などの質問が矢継ぎ早に飛んだが、一貫してノーコメント。押尾は意識的にガムをクチャクチャと音を立ててかみ“威嚇”する一幕もあった」「帽子のせいで前方の視界が悪い矢田が柱に激突すると押尾は『おい!気をつけろよ!』とドスのきいた低い声で報道陣を一喝」(スポニチ)
 「矢継ぎ早に質問が飛んだが、不機嫌そうにガムをくちゃくちゃかみながら、ノーコメントを貫いた」「矢田の手を引いていた押尾は、『おい! 気をつけろよ!』と勘違いして報道陣に“八つ当たり”する一幕も。仏頂面のまま要人出口へと進み、足早に空港を後にした」(報知)
 「押尾はサングラスをかけ、パーカーのフードをかぶり、ガムをクチャクチャかみながら姿を見せた」「矢田が柱にぶつかると、押尾はクルリと振り返りサングラス越しに報道陣をいちべつ。おとこ気たっぷりに矢田をかばい『気をつけろよ!!』と怒鳴った。」(トーチュー)
 「矢田の“前方不注意”によるアクシデントだったが、押尾は報道陣とぶつかったものと勘違い。周りを取り囲む報道陣に、『おい! 気をつけろよ!』と一喝。その怒号が到着ゲート周辺に響き渡り、緊迫する一幕もあった」(サンスポ)
 「黒いサングラス、耳にはイヤホン、ガムをかみ、ぶ然とした表情の押尾の後ろを矢田が、帽子を目深にかぶり、うつむきながら歩いた」「報道陣がぶつかったと勘違いした押尾が、近くにいたカメラマンに歩み寄り『おい!気をつけろよ』とキレ気味に声を荒らげた。一触即発のムードも漂ったが、押尾はすぐに矢田のそばにいき『大丈夫か?』と気遣った」(デイリー)

 滞在先で一部メディアの取材攻勢があったことが遠因としてフォローしているサンスポ以外、まあ露骨。書いていることは事実とはいえ、ガムをかむ行為を明確に「無礼」と位置付けて「おい!気をつけろよ」に結びつけている。スポニチと報知とトーチューは「クチャクチャ」と不快音を再現している。
 「こいつを叩いてやろう」は言い過ぎとして、少なくとも「ここまで書いたら悪いかな」「本筋の『帰国』からちょっと離れすぎたからここは削っとこうか」という“配慮”がまったく反映されていないことは確かだ。

 もしこの時点で押尾が大手事務所の研音に籍を置いていたら、果たして「ガムをクチャクチャ」とか舌打ちのことを書くのかな。「おたくはどういう意味でこう書いたんですか」って“問い合わせ”が来ることが予測できるけど、それでも書くのかな。会見や発表で出入り禁止を受ける可能性もあるけど、それでも書くのかな。

 押尾を「守る」意志や組織が存在していないことが、今回のことではっきりと分かった。矢田も交際を続けていると対空放火の巻き添えになって潰れるだろう。

 以下は根拠がないけど、押尾が大手事務所に残った「架空の世界」の記事。

*   *   *   *

 熱愛中の女優矢田亜希子(27)と歌手押尾学(27)が12日午後、バカンスで滞在していた米ロサンゼルスから成田空港に帰国した。2人は昨年12月19日の出国時とは対照的に報道陣の質問には一言も答えなかったものの、左手薬指のペアリングを光らせながら固く手をつなぐなどラブラブぶりをあらためて披露した。
 2人は、報道陣約50人が集結した同空港に午後5時ごろ到着。迷彩色のキャップとサングラスのペアルック姿で現れた2人に記者らから「旅行は楽しかったですか?」「ご結婚は?」などの質問が飛んだが、矢田はキャップを目深にかぶりうつむいたままコメントせず、押尾も無言で矢田の手を「カップルつなぎ」で握って歩いた。途中、矢田が鉄柱にぶつかり、押尾がすかさず「大丈夫か?」と優しく気遣う場面もあった。到着ロビーでは観光客らの視線を気にせず、ラブラブモード全開のまま足早に駐車場へ向かった。
 2人は先月19日に同空港から米ハワイ・マウイ島へ出国。23日には同島で矢田の誕生日とクリスマスを祝った。29日にはロサンゼルスに移動し、“婚前旅行”さながらのバカンスを満喫した。
 押尾は17日に都内で行われるライブイベントを皮切りに音楽活動に専念する。矢田は4月スタートの連続ドラマに出演する予定。“ハネムーン”でプライベートを充実させた2人の今後からますます目が離せない。(13日付ケイマンタイムズ)

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お金がかかるのは出産より育児

 政府が進める少子化対策について、猪口邦子少子化担当相が、出産費無料化▽児童手当拡充▽乳幼児医療費助成▽出産後の女性の再就職支援-などの検討事項を提示した。ただし来年度予算案はすでに決まっており、これらが実現するかどうかは未知数。なお予算案では、出産育児一時金を引き上げることが盛り込まれている。

 これらのニュースを見て、駅前などで無料で配られるヤフーのADSLセットや「0円」で売られる携帯電話が思い浮かんだ。後にかかる費用から見れば、初めのタダの小さいこと小さいこと。
 政府は「出産時の負担を減らせば出生率が上がる」と信じているようだが、子どもを育てる上で金を吸い込むブラックホールは教育のはず。「格差」で「負け」ないために、家庭はさらに教育費を増やし家計を圧迫する。文科省改革が一番の少子化対策のように思う。

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2005.11.10

「小泉チルドレン」生みの親は?

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 コラムニスト小田嶋隆さんのエントリ「チルドレン」を読んで、ふと「そもそも誰がこの言葉を言い出したんだ」と思った。
 「刺客」「くノ一」を含めメディアがよく使うワンフレーズは当事者らの発言の引用から始まり、受けが良いと一気に流通するようになる。たとえば「刺客」は衆院解散直後の8月10日に亀井静香氏が口にしてから普及した。
 言い換えれば、他人の言葉を「アリバイ」にするメディアが自前でフレーズを生み出すことはまずない。「小泉チルドレン」も、必ず誰が言い出しっぺがいるはず。そう思い、朝日、毎日、読売のデータベースを調べてみた。

 記事上で「小泉チルドレン」を検索してみると、火元は民主党の江田五月参院議員と、自民党の大仁田厚参院議員のようだ。
 まず元祖とみられる江田議員については、総選挙を控えた2003年10月、衆院岡山1区の逢沢一郎氏(自民)を「小泉チルドレン」と位置付けた、と同5日付けの毎日新聞などが書いている。だがこの時はまったく流行らなかった。
 一気に火がついたのは今年の総選挙で、ヒットした記事のほぼすべてが8月から現在までのもの。こちらのほうは「ストーカー」「売名」などと評判が芳しくない大仁田議員が発端とみられる。こいつ、いや大仁田氏は参院で郵政法案が否決された8月8日 棄権したことについて「本当は賛成か反対かどちらかはっきりしなければいけないのだろうけど、法案の中身に論点が行かなかった。僕たちは2001年に当選した小泉チルドレン。小泉さんのことを悪く言うのは嫌だが、あまりにも参院を無視している」(同日付け読売新聞夕刊)と語っている。

 もっとも以前に「小泉チルドレン」と書いたのは、2002年元日付の朝日新聞「小泉純一郎 首相の『改革』次は何(2002年 主役わき役)」とみられる。首相と路線を同じくする政策通の若手議員らを小泉チルドレンと位置付けている。

 おそらくこの言葉は当初、朝日新聞が用いたような意味で永田町周辺で使われていたようだ。しかし「首相と同一路線で政策通の若手議員」を表すのにふさわしい言葉は他にもあり、一般には広がらなかったのだろう。ところが今回の総選挙で当選した新人議員の中には、言動が幼稚でポリシーに欠けるなど「お子ちゃま」たちが少なくなかった。「チルドレン」は「秘蔵っ子」よりも「ガキんちょ」「軽薄」「こいつ」を表すのにピッタリ。ということで、本来とは異なる意味で普及、肥大化したと言える。

 もし「小泉チルドレン」が今年の流行語大賞に選ばれるのなら、授賞式には杉村太蔵衆院議員と大仁田議員がコンビで登場するといいと思う。ついでに式場で電流爆破デスマッチとテニス対決をやったらどうか。審判はもちろん武部幹事長。
 負けた方は議員年金と交通機関フリーパスを剥奪する上メディアへの登場を一切禁止し、次の選挙で党の公認が得られない。勝った方は官房長官あたりに抜擢。いいセンスだ。

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2005.10.05

あれならクビでも無理ない

 高校生を対象にしたドラフト会議が三日に初めて開かれたが、くじの確認ミスで交渉権獲得球団が訂正されるというミスが二件あった。くじを引いた監督らの思い込みと日本プロ野球組織の確認不足が原因。ただただずさん、とあきれるしかない。

 興味深いのは巨人の堀内監督のせりふ。「中村GM(筆者注、オリックス)がガッツポーズしているんだから外れたんだなと。でも、おかしいな。オレのに『交渉権確定』って書いてあるけど、外れかなって。(くじは)初めてのことだから分からないんだよ」(日刊スポーツ)
 つまり、競合相手がガッツポーズをしたからその場でくじを見ないで「まだツイてないのか」と席に戻った。で「交渉権確定」と書いているのに、その意味が分からなかった、ということのようだ。
 交渉権獲得への執念のなさ、くじを見ないという詰めの甘さ、「交渉権確定」の意味を瞬時に理解できない読解力の欠如、即座に「おかしいぞ!」と名乗り出ることのできなかった決断力の不足。あの場だけで、指導者としての適性のなさがはっきりと表れた。解任は的確な判断だと心底思った。

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2005.09.10

選挙は盛り上がっているのか

 まもなく衆院選投開票。

 ネット、特にブログを見回ると今選挙が盛り上がっている、ように見える。「ネット選挙」「ブログ選挙」なんて言葉もよく目にする。若い世代がこれまで以上に関心を持つようになった、とも言われる。

 どうかな、と思う。

 選挙報道は、地味な作業の連続だ。多くの情報を集めて戦いの本筋や投票行動の実体を浮かび上がらせるため、候補者を追いかけ、側近や支持者などから情勢を聞き、同僚の情報などと合わせる。
 夜に行われる演説会にも立ち寄る。その候補の本質が表れやすい場だから、いろいろ参考になる。
 その日の仕事の仕上げで、集まるのがほとんど支持者とあれば、街頭演説と比べると気が大きくなり饒舌になる。逆に言えばボロも出るから、候補者の人間性をはっきりと知ることができる。たとえば「○○○億もの国の事業が下りたのは私がいたからだ」と傲慢に聞こえることを言う人も、少なくない。

 ところがどの演説会も、集まるのは一見して50歳以上と分かる人ばかり。聴衆の中に20、30代を見つけることはほとんどない。
 いかに高齢化率が高い地域とはいえ、ネットには満ちている熱気がどこにもないのはおかしい、と思った。
 「あの人」たちはどこにいるのだろう、と思った。
 「あの人」たちは判断材料になるものをどんな手段で得ているのだろう、と思った。
 投票率は高くなるかもしれないけれど、一票は軽くならないか、と思った。

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2005.09.02

争点はだれが決める?

 郵政民営化、政権交代、無駄遣い一掃、庶民増税反対、護憲-。各党が自分の争点の正当性を訴え、他党の争点の問題点を追及している。
 政党(そしてメディア)が衆院選の争点を決めている感が強い。でも、争点が何であるかを判断して票を投じるのは、有権者がやること。そこを忘れない、忘れない。

 ところで首相は「郵政民営化が改革の本丸で、あらゆる改革につながる。これをやれば他の改革もできる」と訴えている。年金、雇用、子育て、教育、景気対策、外交……改革もいろいろだ。主張を聞くと改革を一つひとつ着手するようにも解釈できるが、もし郵政改革が実現し他の改革も実行できるとして、すべてが一段落するのは何年後なのかな。国全体の借金はいくらになっているのかな。

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2005.08.30

「とりあえず生中で」選挙

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 30日公示の衆院選の展開を予測するなら、タイトルのようになると考える。居酒屋に入って5分以内によく出るあの言葉だ。結論から言えば、現状維持に近い無難な結果になる、と思っている。しかし、選挙に対する「とりあえず」という消極的な姿勢から脱却し、政治の可能性を掘り起こすためには、投票率を上げることが欠かせない、とも考えている。郵政民営化法案の参院採決で泡沫議員でも反対の意思があれば一挙手一投足が注目されたのと同じように、あなたにも国を左右する一票がある。

 僕が担当する選挙区は「刺客」などで注目されるところではない。農村部が多く、目立った産業もない典型的な過疎地域。前職は自民党だった。現在、自民候補の苦戦と民主候補の優勢が予想されている。自民候補が郵政民営化に賛成したことが響いている。
 どの陣営に属する人からも「与党議員がいなくなったらこの地方は国に見捨てられる」との強い危機感が伝わった。インフラ整備がまだ進まず、景気動向の先行きは暗い。自治体は、政府の地方への姿勢の本質が表れた「平成の大合併」に伴う補助金削減などで、どこもかしこも体力が弱くなっている。県にだって限界はある。頼るのは結局、国しかない。
 小泉首相内閣への支持が上昇しているという。けれども神奈川11区以外の有権者は、小泉首相に投票することはできない。投票するのは、あくまでも自分の住む選挙区の立候補者か比例候補だ。特に地方部の有権者はまず第一に、広い意味で地元に利益を誘導できる与党代議士の誕生を願っている。地方において選挙とは、そういう面が特に強い。先週号の「週刊文春」が、郵政民営化法案に反対した議員に対抗して自民党から立候補する女性候補全員が落選する、との予測を打ち出していたが、単に国家像や構造改革といったビジョンでは太刀打ちできないのが、選挙区の実態の一面でもある。

 各種世論調査や財界へのアンケートなどによると「政権交代は起こらない」との見通しがほとんどだ。裏を返せば「政権交代はちょっと困るなあ」との本音が透けて見える。
 しかし、自民党単独政権を望む声が強いかと言えば、そうではないことがこれまた世論調査などで示されている。個人の考えとしては、自民党が力を持ちすぎることに警戒感を持っているように思う。汚職、利権、高慢、特定の存在への優遇……そんなイメージがまだ強い政党ではある。現在のところ、自民党を勝たせすぎずに与党に君臨させるには、公明党との連立しかない。

 小泉首相は、自民・公明で過半数が取れなければ総辞職すると明言した。有権者にどれほど「小泉以降」のイメージがあるのか。たぶん「岡田さんの代わりは小沢さんとかがいるだろうけど、小泉さんの代わりはだれがいるの?」といったあたりが本音だろう。

 こうして見ると、マニフェストなどという以前に、投票行為での選択肢が非常に限られた選挙であることがうかがえる。そうなると、僕らが居酒屋に入って生ビールを注文するように、「とりあえず」票を投じることになるのだと思う。
 「じゃあ酒に例えると自民は何だ?」「芋焼酎といったところかも」「じゃあ民主は」「ジャスコで売ってるトップバリューの缶チューハイでしょ」「やっぱジャスコかよ(笑)」「共産はもちろんウオッカ?」「つーか、新党大地だってサッポロビールじゃないか?」「公明は水だろうね。自民の水割り。水増しかも」「社民党は渋くホッピーかな」「ホッピーに失礼だよ」
 戯れはその辺にして、選挙戦を見よう。そして「とりあえず」ではなく、強い意志を込めて票を投じよう。
 近年、国政選挙で高投票率となったケースはない。投票率が飛躍的に高くなったら何が起こるのか。不安も希望も、だれも見たことのないそこの先にある。政党の改革よりも有権者の改革がインパクトはずっと大きいはず。

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2005.08.08

政局

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 郵政民営化法案が参院で否決され、小泉首相は衆議院を解散した。総選挙は八月三十日公示、九月十一日投開票。「長い、広いドラマ」の幕開けとなるのか。それとも「終わりの始まり」か。終わりが指すのは、首相や自民党だけではないだろう。

 午後八時半からの首相の記者会見。「法案を可決している衆院をなぜ解散するのか、という批判があるが」との問いに、首相は「参院は法案を否決した。つまり国会が不信任を示したのだから解散した」といった趣旨のことを答えた。「参院=国会」ではあるまい。理屈がおかしい。恩師・福田元首相のライバルで郵政をガッチリ押さえていた田中角栄氏、郵政大臣時代の郵政官僚らの「いじめ」、そして田中角栄氏の後継となった橋本派への怨念……原動力が「恨み」という見方もウソではないのか。
 とても不幸なことだと思う。

 先のエントリで解散回避の可能性を記したが、政治家と同じく、僕たちも「夏休み」が消えた。
 こうなった以上は、楽しもうという気持ちで思い切りやる。他社よりもとことん食い付き流れをつかみ、ダイナミズムを体で感じる。そしてできるだけ早く当確を出し、紙面で圧倒する。やるからには、全力でやる。消えた休暇の分、読者の評価と実績と給料を手に入れる。

 ひっそりと「共謀罪」などの重要法案がボツになった。けれども、仮に政権が替わってもいずれはニキビのように出てくる。ここを忘れてはならない。気を抜かない。

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2005.08.07

「長いドラマ」

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 政局の夏。国の将来と同じほど夏休みが取れるかどうかを気にする同業者は、少なくないだろう。
 前首相がつまみ片手にほえている。それにしても酔って会見するとは。これほど笑ったのは、涙を流した谷垣禎一・現財務相らに「あんたが大将なんだから」と説得されて見る間に目が潤んだ加藤紘一氏の、あの「長いドラマ」以来か。まずは森さんにサジ、いやタオルを投げ込みたい。

 郵政民営化は首相の最大公約▽反対派は腹を決めている▽自民党は分裂・崩壊する可能性が高い▽総選挙で恩恵を受ける可能性がもっとも高いのは民主党▽しばらくは公明党は民主党と組めない▽総選挙後、首相の政治生命はほぼ無力化する▽首相は「変人」-というポイントで展望を考える。

①法案否決→解散・総選挙=特にコメントせず。九月四日投開票なら民主党政権が発足する可能性大。
②法案修正=首相お得意の「玉虫色」で解決。しかしこれは党執行部の強力な「説得」も欠かせないが「加藤の乱」を鎮圧した時ほど力を持った人材がいないため、難しい。
③サプライズその1=プライドと私怨よりも政権・政治生命維持を選んだ首相が前言撤回する。靖国参拝のケースと同様か。「私は二つ耳を持っている」「改革の本丸である郵政民営化のためには、できうる手段をすべてとる」。へんてこな言葉で正面突破できるのも得意技の一つ。
④サプライズその2=解散後、首相死去。首相そして政治家としての生命がとぎれ、自民・公明両党から一生恨まれることに耐えられるのか。あるいは「結党半世紀の節目に自民党を壊した男」として歴史に刻まれることで、これまでにない達成感を得て人生に満足するか。

 八日の夕方まで、何が起こるか分からない。これも「ドラマの幕開け」なのか。

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2004.10.03

イチローの才覚がつぶされていたら

 1995年、オリックスブルーウェーブが震災で大被害を受けた神戸に、日本一の優勝旗をもたらした。前年から大ブレイクしていたイチローの活躍が大きかった。
 次の年の1996年2月11日付毎日新聞に、次のような記事が掲載された。インタビューの相手は、イチローが才能を開花させた前年に退団した前監督、土井正三さん。「才能に気付かなかったばかりか、イチローを冷遇していた」といわれたあの監督だ。

【じっくりとっくり】土井正三(巨人コーチ) イチローには教えられたかな(1996/02/11)
◇今の若い子には、精神力なんて関係ない

<どい・しょうぞう=1942年6月28日、兵庫県生まれ。53歳。育英高から立大を経て、65年に巨人入団。V9時代の名二塁手として68年ダイヤモンドグラブ(現ゴールデングラブ)賞、68、69年にベストナインを獲得。78年に引退。79年から長嶋監督の下で2年間、86年から3年間は王監督の下で守備走塁コーチ。91年からオリックス監督に就任し、3年連続3位の成績で93年のシーズン後退団。野球評論家を経て、総合守備コーチとして今季巨人に復帰>
 長嶋監督が今年しきりに「守り」を口にするのは、切実に感じての方針転換なんですよ。打撃の野球は華やかで、ミスターのイメージにぴったりだけど、守りがおろそかだった。そりゃあ守備だけでは勝てないが、きっちり守れば負けずに済む。
【武上、高田両コーチと合わせ今年の巨人コーチ陣は監督経験者が3人。オリックス監督から2年を経て古巣に戻った土井氏は新設された総合守備コーチ】
 昨年は内外野がほころび、あっけなく点を与えた。右翼の松井にしても、もともと内野手だから、では済まされない。本塁打と思えば一歩も動かず、フライが中堅に飛んでも我関せずって顔。勘がいいのか横着なのか。全打球にスタートを切る習慣を身に着ければ、追い切れなかった打球に届くようにもなる。まずはキャンプでその練習や。
【オリックスでは広い球場に対応するため、打撃から守備中心へとチーム体質改造に意欲を燃やした】
 昔パ・リーグの試合は大味だったが、次々に球場が広くなり野球の質が一変した。守れない、走れないでは勝てない。オリックスでは「監督は細かすぎる」とよく言われたけど、大雑把じゃうまいこといかん。巨人も昨年、戦力アップしたのにダメだったろ。
【二軍に埋もれていたイチローが自分の監督退任後、一気に素質を開花してスーパースターに。前任者批判も噴き出し、胸中はさぞ複雑だったろう。「この話をするのは初めてや」と困惑の表情を浮かべながらも、当時の事情を鮮明に語った】
 「イチローを見いだせなかったアホ監督」とかいろいろ言われたけどね、間違ったことをしたと思っていない。3年前は春から使ったが打率は1割7、8分そこそこ。順番付けたら5番目の外野手。僕は3年契約最後の年だったし、そういう選手を使う度量も余裕もなかった。一軍のベンチに置いとくより、二軍で4打席与えたかった。
 「何か失敗してくれんかな」と落とす理由を探したら、たまたま代走に使った五月の試合でけん制に刺された。その晩ファームへ行けと告げたんです。これは昔、川上さん(哲治・元巨人監督)があえて1年目の高田(繁・現巨人コーチ)に多摩川行きを命じた手をそっくりまねた。
 入団した年に初めて見た時からイチローはいずれ首位打者をとると確信していたが、ひ弱に感じた。タイトル争いをすると、のみ込まれちゃう。一回ガツンと下へ落とせば、たくましくなるだろうと思った。
 ところが、200本安打の大記録をイチローはあっさりやってのけた。この2年間、「オレのやり方は違っていたのか」と考えさせられたのも事実。今の若い子に精神力なんて関係ないのかな、プレッシャーのない人間もいるんだなと……。結局、僕の方が教えられたな。

*  *  *  *  *

 記事の中で、はからずも土井さんは「入団した年に初めて見た時からイチローはいずれ首位打者をとると確信していたが、ひ弱に感じた。タイトル争いをすると、のみ込まれちゃう。一回ガツンと下へ落とせば、たくましくなるだろうと思った」の一節で、「イチローを見いだせなかったアホ監督」であることを明かしている。

 イチローがなぜ新たな歴史を築くことができたのか。もちろん才能もあるが、素人には理解できないストイックさと精神力、「野球が好き」という情熱が大きいと思う。
 93年の時点で、すでにイチローはそのような要素を持ち合わせていたはずだ。そうでなければ、わずか一年後に200本安打を達成できるはずがない。
 ところが土井さんは、イチローの内に秘められた宝石にまったく気付くことなく、あろうことか彼を「ひ弱」と断じ、黄金時代の巨人の前例を、無思考で踏襲してしまった。まぬけ。

 もし土井さんが任期中に2位あたりをキープし、何年か監督生命が延びていたとすれば、果たしてイチローは僕らの前に登場していただろうか。出る杭は打たれていたはずだ。

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